掌編小説 | 雪が降った日
線のように月が細くなる夜だった。
リサが月に座っていると
彼がまたやってきた。
「今日は少しひんやりしてるね。」
リサがうんとうなずくと、
彼はこっちを向いてニコッとする。
「今日はたくさん雪が降ったんだね。
夜がこんなに明るいなんて。」
昼を過ぎたあたりから
雪がたくさん降り始めた。
リサは慌てて窓を開けると
冷たい風を顔に受けた。
大粒の雪が空から降ってきて
リサの鼻や額にひんやりと当たる。
「これが雪なのね。
なんて素敵なの!」
リサはしばらく空を見ながら
いつまでも雪を見送っていた。
白い大粒の雪が降っている。
それは次第に大地に広がり
世界をすっかり白くした。
あまりに集中していたからだろうか。
自分の呼吸する音だけが
鮮明に耳に届いていた。
*
「昔、この町にも雪が降ってね。
みんな本当に大騒ぎだったよ。」
「子供も大人も関係なく、
みんな外に出てはしゃいだものだ。」
初めて雪が降ったその日、人々は
外へ飛び出した。
「こんなの信じられるか?
奇跡だよ!」
とあちこちから興奮する声が聞こえてくる。
7歳になったばかりのノアは、
犬のスコールを呼び出して
コートも着ずに駆け出した。
「スコール、こっちだ!
早くおいで!」
と大きな声を出しながら
広場の方へと駆けていく。
一方フィリップじいさんの家では、
妻のミシェルがお茶を用意していた。
最初に気づいたのはフィリップだ。
パイプ煙草を吸っていたフィリップは
雪に気づくとすぐに妻を呼びつけた。
「ミシェル、こっちに来なさい!
これは雪だよ。」
訳のわからぬまま外を見ると
ミシェルは口をあんぐりさせた。
「あらまあ、なんていうことでしょう。」
70年間生きてきた中で、
雪を見るのは初めてだった。
「フィリップ、これは本当に雪なの?
なんてきれいなのかしら……。」
フィリップは何も言葉にできないまま
ただただ呆然と眺めるだけだった。
*
「リサは初めて雪を見たんだよね。
雪はどう?おもしろかった?」
リサは「そりゃもちろんよ!」
と目を輝かせながら
今日のできごとを語りはじめた。
白くてきれいな雪が降ってきて
私の顔や手にあたったの。
私は嬉しくなって
何度も笑った。
いつのまにか辺りは真っ白になって
遠くの向こうまで白く見えた。
どうしてあんなに静かになったの?
自分の息だけが聞こえたの。
とても寒かったはずなのに
寒いなんて感じなかった。
ずっと立っていられないはずなのに
私は何時間もそこに立っていたの。
そして、もうこれ以上に
感動することはないと思ったとき、
私の服に雪が落ちた。
私は何気なくそれを見たら、
信じられない形をしていたの。
星のかたちをした雪の結晶。
本当にそんなかたちをしているなんて。
私はそれが信じられなくて
しばらく涙が止まらなかった。
だから神様に感謝をしたの。
雪を見せてくれてありがとうって。
*
その日は奇跡の日と呼ばれ、その先
何十年も語られるようになった。
その町に住む者たちは、
誰もがその日のことを覚えている。
白くきれいな雪が降って
町は白銀の世界になったこと。
その日の夜は昼のように明るくて
住民たちは眠ることができなかった。
フィリップじいさんは記憶に残そうと、
あの日から絵を描き始めた。
初めは下手くそな絵だったが、
ミシェルばあさんの助けを借りて
次第に上達していった。
二人は湖へ散歩へ行くと
決まってキャンバスをかばんから取り出す。
そして自由にそこに絵を描いては
二人で褒め合いっこするのだった。
ノアは30歳になると、
同じ町出身のカリーヌと結婚する。
その後生まれた娘シルヴィーは、
雪がどれだけ綺麗なものか
父親から何度も聞かされることになるのだ。
*
リサの話を聞いたあと、彼は
月を鳴らしはじめた。
繊細な音色がやさしく響くと
真っ白な世界に溶けていく。
リサは足を揺らしながら
心地よい音色に身を任せた。
空には月だけでなく、
いくつもの星が輝いている。
住民たちの興奮はまだ収まらない。
今日は夜遅くまで、
家々には明かりが灯るのだった。
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