さくらりんご
これまでに書いた詩をまとめています。
これまでに書いた短編小説をまとめています。
ピエロは月がきれいだと思った それはふと見上げた冬の空に 輝く月を見たときに 山を登って頂上に出ると きれいな三日月が彼を待っていた 木々を見上げながら道を進むと 月はいつまでも彼を追いかけた 後ろ向きに歩きながら月を見て 「きれいだね」とつぶやいて ピアノを弾き続けた真夜中に ふと見ると窓に月がいた 涼しい風が通りかかった 夜はいつもより静まり返り 月だけが彼の注意を引いた 今日は大きな満月で ピエロだけがそのとき月を見ていた 「一人になってしまったよ」
月が雲で隠れたり また現れたりを繰り返している 月が雲で隠れると 世界は一瞬で暗くなり 月が雲から現れると 世界は一瞬で明るくなった 眩しくて瞼を閉じたあと 世界は再び暗くなり 寂しくて瞼を開けていると 世界はまた明るくなった 丘の上が照らされて そこに誰かが立っているのが見える あれはあの人なんじゃないか そして再び暗くなると そこには誰もいなかったのかもしれない あれは木の幹だっただろうか それともあの人だっただろうか 月が雲に隠れたり また現れたりを繰
泉に一滴の水が落ちた。 小さな円が広がって、 やがて泉を満たしていった。 それは雲のしわざだった。 泉に雲が恋をして、 雲は一滴の水を垂らしたのだ。 どうかぼくに気づいてほしい。 ぼくは空を漂ってるよ。 小さな一滴が泉に落ちて それは泉を満たしていく。 小さな円が大きく広がり 眠っていた泉が蘇る。 そこから美しい女性が現れ やがて夜が訪れた。 女性は長い髪を揺らしながら なめらかに体を動かした。 指先まで美しいその人は ときどき空を見上げては 漂う小さな雲を
もう誰も住んでいない家の前には 綿毛になったたんぽぽがあった それはいくつも生えていて 風が吹くとゆっくり揺れた 白いワンピースを着た女の子が その家の庭に忍び込んで 白くなったたんぽぽを 一つ摘むと息をかけた 風に乗ったたんぽぽが 遠くへ遠くへ飛んでいく 窓のそばで雲を見ていた ゆきちゃんのところにやってくると ゆきちゃんはその日ワンピースを着て 久しぶりに家の外へ出た 風はゆきちゃんを迎え入れ 目の前には美しい花が広がり いつの間に木々は葉をつけて それが
錆びれた街に「地獄」と呼ばれる 工場があった。 その工場はあまりに大きく 曇りの日には頭が雲で隠れた。 いつもどすん、どすんという 鈍い音が響き渡り 煙は勢いよく空へ上った。 その工場の周りには高い塀があり 中の様子を近くで見ることができない。 唯一、塀からはみ出た建物の頭上部分を 遠くから眺めるだけだった。 工場は昼夜動いていたが、 人が出入りするところを 一度も見たことがない。 建物の周りを今にも朽ちそうな 細い階段がぐるりと巡っていたが、 その階段を上る者も
線のように月が細くなる夜だった。 リサが月に座っていると 彼がまたやってきた。 「今日は少しひんやりしてるね。」 リサがうんとうなずくと、 彼はこっちを向いてニコッとする。 「今日はたくさん雪が降ったんだね。 夜がこんなに明るいなんて。」 昼を過ぎたあたりから 雪がたくさん降り始めた。 リサは慌てて窓を開けると 冷たい風を顔に受けた。 大粒の雪が空から降ってきて リサの鼻や額にひんやりと当たる。 「これが雪なのね。 なんて素敵なの!」 リサはしばらく空を見な
たばこを吸っているピエロのところに 一人の男の子が近づいた。 西には太陽が沈みかけ、 ピエロは売れ残りの風船を持っていた。 風がときおり吹いてきて、 そのたびに風船はゆっくり揺れた。 公園にはもうあまり人がいない。 先ほどまで騒いでいた子供たちも みんな家へ帰ったのだろう。 丘にある公園からは街を一望することができ、 沈む太陽もまた、見ることができた。 ピエロは今日もたばこを吸っている。 毎日この時間になると ピエロはたいていここにいた。 男の子はそれを知って
地底から、悪魔が所有する 太鼓の音が鳴り響く 美しい秩序を愛する悪魔が 今日ばかりは使者を遣わせた 人間どもの愚かな叫びを 太鼓が厳かに締め付けていく 葉が全て落ちた灰色の中庭を 外套を引きずりながら彼は歩いた この葉はどこからやってきたのだと 悪魔は裸の木々を見上げ 細く伸びた枝たちは 暗闇の中にたたずんだ 奥にある庭園に咲き乱れるのは とげのない赤い薔薇たちだ 悪魔が近づくと色味を増し 甘い香りを放ち始める 悪魔はやさしく薔薇を愛撫し 美しい愛の言葉をささ
ここに座って 悲しみをかぞえよう ひとつ、ふたつ みっつ、よっつ これは丸くて こっちは三角 四角もあれば 星形もあるよ 面白いかたちに なったもんだね ひとつ、ふたつ みっつ、よっつ ぼくが手で温めるから 月の形にしてみよう ひとつ、ふたつ みっつ、よっつ これが三日月で こっちが満月 月はおしゃべりを はじめるからね 愛してる 愛してる ほら、きみにも 聞こえてきたでしょう ひとつ、ふたつ みっつ、よっつ 愛してる 愛してる ひとつ、ふたつ み
ポケットの中に きれいなビー玉がたくさんあった あなたがこれまで集めたビー玉 どれもカラフルで眩しいね これは太陽のように明るくて これは何も見えない真っ暗なもの すすきのように黄金に輝いていれば 深くて怖くなるのもあるね このビー玉はどこで集めたの どうやってこの色になっていったの あなたを喜ばせたのはどのビー玉で あなたを泣かせたのはどのビー玉だろう あなたは一つ一つ集めては ポケットの中に入れていった こんなにきれいなものになるなんて あなたはその時
君と僕の世界をつくろう。 そこには僕らふたりしかいない。 ふたりにしか見えない月がいて、 夜になるとこう語りかけてくるんだ。 「美しい歌をいっしょに歌おう。」 空はどこまでも澄み渡り 見渡す限りの星が続いている。 ぼくは君の手を握り 丘の上へと連れて行くよ。 かけ足で丘を登って行こう。 心臓の鼓動が高まったとき、 そこには美しい世界が広がっているだろう。 君の目は大きく見開き、 空の星を映し出している。 目から流れる涙にも、 星の輝きが宿るだろう。 そこに
おはよう。 いい天気だね。 あいしているよ。 今日もきれいだね。 とてもすてきだよ。 だいじょうぶ。 なんとかなるさ。 あしたは晴れだよ。 いっしょに さんぽしよう。 音楽は何がいい? 夜は映画を見よう。 しあわせだね。 おいしいよ。 とてもきれいだ。 あいしている。 おやすみ。 今日もありがとう。 たのしかったね。 大好きだよ。 わたしも大好き。 いつもありがとう。 あいしているよ。 おやすみ。 またあしたね。
さっきの怒りはどこへ行ったの。 今はお腹が痛くて前に進めない。 あなたは変な走り方をして私を笑わせている。 あなたに怒っているはずなのに、怒りはどこかへ行ってしまった。 あなたの適当な天気予報。 今度こそは絶対に傘を持っていく。 さっきまでの怒りはどこへ行ったの。 今はお腹が痛くてしょうがないの。 雨はたくさん降っているのに、足がこんなに軽いのはなぜなの。 最近買ったお気に入りの靴。 これはあなたに洗ってもらおう。 あなたもお腹が痛いのね。 その笑い方
その国はずっと夜だった。 人々は、夜の星とランプのあかりだけを頼りに生活した。 しかし、ランプはずっと灯っているとは限らない。 ランプが切れると、人々はカーテンを開けて空を見上げた。 外に出て、少し散歩をする者もいたし、広場で追いかけっこする子どももいた。 老人は古いバイオリンで寂しい音色を響かせて、恋人たちは手を繋ぎながらお互いの温もりを感じとった。 リアムは、町を見渡せる丘へ出ると、いっぺんに落ちてきそうな夜の星々をしばらく眺めた。 星のあかりに照らされた薄
そこは不気味な世界だった。 生温い風が吹いていて、その中には少しかび臭い匂いが含まれている。 風が通るときの音はまるで誰かの呻き声のようだ。 広い空間が広がっているその足元には、四角く整えられた黒い大理石が敷き詰められている。 崩れかけたブロンズの像を一つ、また一つと過ぎていくと、遠くからピアノの音が聞こえてきた。 ヴィーナスを彷彿とさせる女性がピアノを弾いている。 彼女は白い絹のドレスを一枚まとっているだけだった。 僕が近づいてくるのがわかったのか、隣に座ると
隣の家に住む若い夫婦がいつものように喧嘩をはじめた。 どうやら夫がミルクを買い忘れたらしい。 「だからメモを書いてと言ったじゃない。」 と妻が苛立ちをあらわにしている。 「人間忘れることだってあるじゃないか。」 と夫も負けていない。 毎週のように隣で繰り返される口論はもう恒例行事となった。 自身も、昔は妻と何度喧嘩したことか。 一週間口を利かないこともざらにあった。 怒った時のあの妻の表情。 思い出すとピエールはおかしくて笑った。 妻のエリスと出会ったの