記事に「#ネタバレ」タグがついています
記事の中で映画、ゲーム、漫画などのネタバレが含まれているかもしれません。気になるかたは注意してお読みください。
見出し画像

破綻した夫婦関係を維持しようと家族のロールプレイをし続ける主婦の話【『愛に乱暴』映画感想文】

 破綻した夫婦関係を維持しようと家族のロールプレイをし続ける主婦の話。スタンダードサイズで主婦の居場所の無さや息苦しさを湿っぽい画で描く。のはよいのだが、どこか芯を喰っていない様に感じるのは何故だろうか。動物や火事や柱といった暗喩を散りばめてキャラクターの外周を描く事で、本質を浮かび上がらせるというアプローチもそれはそれで別によいのだが、それでも狙いとは違うところで芯を喰い切れていないのだ。
 この原因はキャラクターの目的とストーリーテリングの齟齬にある。彼女の目的は終盤発するありがとうと言われたい、というセリフにある。略奪愛の贖罪として彼女は良き家庭を築く努力をし続ける。そしてそれがいくら贖罪だとしてもどこかで周囲からの、特に夫からの慰めの言葉を欲している。これが彼女の偽らざる真の目的だろう。しかしそこに辿り着くまでに積まれているSNSのミスリードが必要以上に強過ぎる。それ故に観客は彼女の事を最早信用できないのだ。
 中盤の柱という文字通り家の大黒柱をチェーンソーでぶった切りながら発する、狂ってるフリをしてるの、じゃないと本当に狂いそうだから、というセリフも分裂気味で観客はどう受け取ったら良いのか判断が難しい。だから終盤明かされる本音を聞いても果たしてそれが本当に彼女の本音であり、目的なのか判断しきれないまま終わってしまう。全体を通して核心をセリフにしない事も、暗喩的な表現の多様もこの点にマイナスに作用してしまっている。少なくともなぜ子供服が床下に埋まっているのか、その事は過程も含めて具体的に描写すべきであった。これが最も象徴的なアイテムだからこそである。そしてなぜ主婦はあの家庭を維持したいのか、あの夫と姑との生活に何を期待しているのか、その辺りも描いて欲しかった。江口のりこは大変素晴らしい女優なのだが、彼女の持つある種の強さが実はこの役の解釈をもう一段ややこしくしまっている。これは深い部分において残念ながらミスキャストであったと思われる。
 しかし危険なのはおそらくこの脚本が一見非常に面白く見えてしまう事だろう。制作陣はこの脚本が出来た時に面白さを確信したはずだ。しかしそれはあくまで読み物としての面白さに過ぎない。脚本はあくまで撮影の設計図として考え書かなければならない。

#映画感想文


いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集