#140字小説 2月1日~10日
2月1日
今日はテレビ放送記念日。
僕は新人アナウンサー。もうすぐ初めての中継が始まる。
が、僕はまだトイレの中だ。緊張してトイレから出られない。
やばい。急げ急げ。
「…お待たせしました!」
「何やってたんだ!中継繋ぐぞ!5、4…」
カメラの前で僕は固まった。台本をトイレに忘れた!
「3、2…」僕は大きく息を吸って話し出した。
メモだらけの台本は常に僕の頭の中にある。
2月2日
今日は頭痛の日。
頭がズキズキと痛む。
仕事の合間、休憩室に頭痛薬を取りに行った。
そこにはいつも、総務部のお局さんが用意してくれた救急箱が置いてあるのだ。が、「…ない」そういえば、先月、お局さんは退職したのだった。
常備薬を補充する人がいなくなり、救急箱は空っぽになっていた。
そういえば、私が新入社員のとき、頭痛で困っていたら、薬を渡してくれたのはお局さんだった。
「…薬局いくか」私は救急箱を抱えて会社を出た。
あとで、経費申請をしようと考えながら。
2月3日
今日は絵手紙の日。
私の孫は都会の病院で入院している。
毎月届く絵手紙は、明るいクレヨンからだんだん黒く、不鮮明になっていく。もう絵手紙を待つのはやめよう。
私は新幹線に飛び乗った。
2月4日
今日は世界対がんデー。
制定から1000年が経ち、医療技術は発達し、がんは治らない病気ではなくなった。しかし、高齢化と人口減少の波は止まらない。
老衰と出産問題は解決しない。それでも医療は発展し続け、人類の平均寿命は伸びていく。
新たな「治らない病気」に罹った者たちを残して。
2月5日
今日はシンデレラの日。
「いつもの」彼女はそれだけ言って俯いた。
僕はシェーカーを振り、ノンアルコールのそれを差し出す。
「今日も飲まれないのですか?」
「彼氏を迎えに行かないといけないから」
彼女が吐いたタバコの煙が寂しくバーを彷徨う。
僕が王子様ならガラスの靴がなくても彼女を連れ去るのに。
2月6日
今日は色の日。
俺は幸せな人生から転落した。
父さんの会社は倒産して、楽しかった学校を辞めて働き出した。
友達だと思っていた奴らは離れていった。
幸せな様子を「世界が色づく」なんていうが、色を失った世界がどんなに辛いか俺は、知っている。
2月7日
今日はオリンピックメモリアルデー。
僕の祖父はオリンピック選手だった。僕もオリンピックを目指した。
しかし、いつも届かない。4年に一度の壁は高すぎた。
マスコミも、僕を知らない人たちも勝手に応援しては失念していく。
次第に話題にもならなくなった。
でも、僕はまた4年に一度のチャンスを目指す。
祖父が表彰台で見た景色を見るために。
2月8日
今日は郵便マークの日。
離島にあるこの街には、3日に一度しか郵便配達はやってこない。
いつもの年老いた郵便局員が退職したあとは、1週間以上も配達がなかった。やっときた後任の郵便局員は、前任の局員が街を見守るため、自ら郵便を出して配達していたのだと語った。
老いた郵便局員はこの街の出身だった。
2月9日
今日は肉の日。
僕は男三兄弟の末っ子。誕生日には好きな焼肉を家族で食べにいく。
でもその前にハンバーガーチェーンで腹ごしらえをする。
どうしてかというと、そのあとの焼肉の費用を抑えるため。
みんなは笑ったり可哀想だというけれど、僕はそう思わない。
だって、メニューがなんでもお腹いっぱい食べさせてくれたから。
2月10日
今日はニットの日。
子供の頃、おばあちゃんが手編みのニット服をプレゼントしてくれた。
イニシャルが入ったそれを、私は恥ずかしくてとても着ることができなかった。おばあちゃんが亡くなり、服のお礼を言っていなかったことに気づいた。大人になった私は、もう服を着ることもお礼を言うこともできない。
私はニットをほどいて編み直した。
新しいニット帽にはイニシャルが残っている。