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勝手に恋して、雷雨。


晴れた青空が雲の隙間から見え隠れしているくせに雷がゴロゴロとなり続ける、変な日だった。

さっきまではきらきら青空だったのにいきなり黒い雲が押し寄せて恐ろしい音をこの世界に鳴り響かせる今日の空は、私みたいだった。


朝、大学に向かう電車の中でいつものように音楽を聴こうとイヤホンを耳に差し込む。エアポッツというものがどうにも自分には似合わない気がして、いつまでも有線の優しいピンク色のイヤホンを使っている。いつまでも私は、好きな人とつける片耳イヤホンに憧れる少女なのである。

音楽を流そうと思ったのに、右耳の音が聴こえない。接触が悪かったのかと思ってもう一度差し込んでみるが、それでもやっぱり聴こえない。これではセルフ片耳イヤホンだ。

音楽のない通学路は憂鬱だった。代わりに本を開いてそのページを眺めた。どうやら人生を変えるには、まず靴磨きを始めなければならないらしい。


今日は恋人の話をしたいなあと思っていたのだけれど、結局、恋に振り回される自分の話になってしまいそうだ。


私達2人の恋は、穏やかな秋晴れみたいな恋だと思う。

だけれどそんな秋空を、私が勝手に夏の雷雨へ変えてしまう。



こんな雷雨の日の夜に、彼に会いに行きたいと思った。
コンクリートの道が川に変わってしまうほどの土砂降りの雨の日に、夜に傾いて黒に染まった空を明るく染めてしまうほどの雷が刺す、こんな日に。

会いたいと思ったら足は止まらなくて、この土砂降りを凌ぐには頼りない折りたたみ傘をさして歩き出した。

横断歩道はちょうど青になった。私が彼のもとを目指して歩みを進めていることを肯定してくれているみたいだった。

なんだかドラマみたいだった。頭の片隅で、切ないけれどどこか希望を含んだバックミュージックが流れていた。

そうやって勝手に会いに行ったくせに、なんでか結局、悲しい気持ちを胸いっぱいに吊り下げて帰路につく。

事の顛末は、朝顔の蔓草よりも複雑なのでここでは割愛させていただきたい。
ただ1つかけることは、私が会いに行くことで彼はきっと喜んでくれるだろうと過信していたのが間違いだったということだけだ。

なんだか、こんな雨の夜に、勝手に会いに行って、自分は何がしたかったんだろう。

そうやって会いに行ったら、彼が驚いた顔をしながら私を抱きしめてくれるとでも思ったのだろうか。

勝手に期待して勝手に落ち込んで勝手に悩んで。


いつだって私は、そうやって勝手に悲しんでもなお、落ちようとする涙を堪えながら帰る私を彼が後ろから追いかけて来てくれるんじゃないか、とあさましくも願っていた。


信号は渡ろうとしたところで赤になった。嘘つき。と口から溢れでる。棒立ちしている信号の中のあの人に。最初から、私のことを止めてくれたらよかったのに。


雨がちょうどよく勢いを増して降り出した。
これじゃあよくあるドラマみたいじゃないかと思いながら、頑なに傘を離すことなく歩いた。


彼と恋人になってから、彼はいつだって優しかった。
その優しさに甘えて彼を困らせてばかりの私だから、私たちの関係が終わるときはきっと、彼が私のわがままに付き合いきれなくなったときだろうと思う。


優しすぎる彼は、優しすぎるから本当の声が聴こえない。不満も不安も寂しさも、全て彼の心から音になって私に伝わることはない。
そんな彼だから、いつだって私は、彼が実はとっくに自分に愛想を尽かしてしまったんじゃないかと不安で堪らない。

そんなことはきっとないのに。
彼は私を好きでいてくれると思いたいのに。

シュレディンガーの彼なのだ。

彼が私にマイナスな気持ちを伝えてくれないのならば、彼がそう思っているかどうかはわからない。もしかしたらずっとずっと、不満を感じていたかもしれない。そうじゃないかもしれない。
そんなことを勝手に自分で想像して、心配して、辛くなる。


ことごとく面倒くさい女なのだ私は。
どこまでいっても、どれだけ愛をもらっても、心に勝手に穴を開けてそこから愛を零してしまう。
愛をいくら受け取っても、いつまでも愛には終わりがない。
気持ちというものは流動的なものだから、愛がいつか無関心に変わってしまわないか、そんなことを考えている。
まるでいつまでも片思いをしているみたいに、いつだって彼のことを考えている。


帰りの電車から眺める車窓には、いまだ空を切るように雷が轟いていた。
壊れたイヤホンを耳に差し込みながら、ノイズとともに音を耳に入れる。右耳からは相変わらず音が聴こえない。


家に帰って、帰り道で買った靴磨きでお気に入りのローファーを磨いた。

雨は結局、夜が明けても止むことはなかった。




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