古い写真を訪ね歩く 6 〜市川好子さんを訪問〜②
国道141号に沿って流れる千曲川には、たくさんの橋が架かっている。今回は、宿岩交差点を曲がった所にある八十巖橋。そこを渡ってすぐの『日本料理 市川屋』を訪れた。残念ながら今は閉店してしまったが、こちらを営んでいた東町出身の市川好子さん(74)を訪問した。
4月3日の雛祭り
アルバムをめくっていると、ひときわ華やかな写真が目に入った。天井まで届きそうな7段のお雛様だ。かわいらしい雛人形が勢ぞろいしている様子に、子ども心にもわくわくしたと、好子さんは話してくれた。
この辺りの慣わしでは、女の子の赤ちゃんが生まれるとガラスケースに入った日本人形が贈られる。定番のお雛様の並びに加えて、左右の端に並んでいるのが、お祝いで贈られた品だそう。「まだうちに数体残っているよ。」と話すこの人形、好子さんの祖母は、毎回人形を見ながら、これはどこの誰がくれたものだ、と話したそうだ。好子さんの母は仕事で忙しく、祖母がよく世話をしてくれたという。孫が生まれた時のうれしさを、人形を見るたびに思い出すのだろう。おばあちゃんっこだった好子さんのエピソードからは、愛情たっぷりに育てられた様子が伝わってくる。
雛壇は、裏の建具屋さんで作ってもらった特注品だ。今のように壇もセットで売っているわけでなく、それぞれのお宅に合わせて作られるのが普通だった。写真の雛壇も、普段見慣れた雛壇よりも一段一段が高く見える。それがより華やかさを演出しているように感じられる。また、時代によっては屋根付きのお雛様などもある。お雛様を見れば、年代や地域がわかるというのも、とても面白い。
手前に飾られているのは、大きな菱餅。現代のプラスチック製でちょこんと飾られたものとは比べ物にならないほどの大きさとボリュームだ。当時の菱餅は、自分たちで手作りしたもの。祖父が餅をつき、祖母が成形を担当していた。雛祭りが終わった後は、揚げ餅などにしてみんなで食べる。ピンク、緑、白の鮮やかな色の揚げ餅、子どもたちもきっと特別な心地で食べたのだろう。
この辺りでは通常よりも1か月遅れの4月3日が雛祭り。寒さや、植物の咲く時期の違いもあるからか、そのような地域が長野県には多い。4月でも桃が咲くかどうか、という程の寒さだったが、ごちそうを食べたのが良い思い出だと好子さんは言う。
「お雛様のごちそうは、ちらし寿司だったね。お祭りっていうと、うちの母はちらし寿司と“ささぎ豆”のおこわを作った。花豆の半分くらいの茶色いお豆ね。」
“ささぎ豆”は、モロッコインゲンのような形の鞘で、乾燥させてから中の豆をとる。今でもスーパーなどに並ぶものだと話す。雛人形を見ながらごちそうが並ぶ食卓を家族で囲む、その団らんの風景は、和やかなものだったに違いない。
商店街を練り歩く“お稚児さん”の行列
「これ、お稚児さんだねきっと。」
商店街にずらりと並ぶ稚児の衣装を着た子どもたち。きらびやかな冠をのせ、紅をさし、額に眉をちょんちょんと描いた化粧の子どもたちが緊張した面持ちで歩いているのを、大人たちが見守っている。その前列では、もう少し大きな子どもが、紙で出来た象の張り子を引く。
行列の背景には、今も見ることができる商店街の看板が写り込んでいる。あの道をたくさんの子どもたちが練り歩いていたのだと思うと、なんだか感慨深い。
それにしても、かなりの人数の子どもだ。当時の東町には、子どもがどれくらいいたのか、好子さんに質問した。
「東町は四常会に分かれていたの。三常会だけで一番上に鈴木さんちが三人、浅川さんちが三人、新駒さんが一人・・・こっち側の通りだけでも二十人くらいだったね。」
指折り数えながら教えてくれた数字に、思わず驚きの声を上げる。“湧いてくるほど”子どもがいたというのだから、それは賑やかだったのだろう。
子どもたちは、道路に石けり用の絵を描き、そこで遊んだ(大人に怒られた、と好子さんは笑った)。夏には高野町花火大会が開催され、栄海橋に大掛かりな花火がぶら下げられ、今でいう"ナイアガラ"のように川を照らした。そのキラキラと光る様子を栄橋から眺めた。
この地域は、やはり橋とゆかりが深い。好子さんは、『海瀬館』の裏の栄海橋(当時は吊り橋だった)を通って登校していたというが、台風が来るたびに橋桁が外れてしまう。そういう時には、栄橋を通って学校へ通ったのだそう。
「男の子たちがわざと吊り橋を揺らしたりしてね。子どもたちのやることは、今もそう変わらないね。」
時代を超えても変わらない、あどけない子どもたちの写真。時とともにまちの様子は変わっても、その笑顔は変わらない。未来の人たちがこの写真を見ても、自然と笑顔になってしまうだろう。
好子さんの写真からは、子どもを通じた地域のふれあいを感じ、心がとても温まる。改めて、そこに住む人たちの間にあった温もりを後世に引き継いでいきたいと思う。
市川好子さん、貴重な写真をお見せいただき、ありがとうございました。
文・櫻井麻美