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【書評】企業のロゴが教えてくれる、元気なニッポンの(知られざる)歴史(すずきたけし)/『江戸・明治のロゴ図鑑』

 『江戸・明治のロゴ図鑑――登録商標で振り返る企業のマーク』(作品社)は江戸・明治の時代に事業活動を行っていた企業のロゴマークを紹介し、マークの成り立ちやエピソードを紹介している一冊。著者は企業の知財実務に携わり、『オリンピックVS便乗商法』(作品社)や『エセ著作権事件簿』(パブリブ)など商標や知的財産に関する著書を発表している友利昴氏。

 約5万2000件の商標登録のなかから企業のロゴマークのデザインに着目しまとめた本書は、江戸・明治から現在まで続くなじみ深い老舗のロゴマークを眺めただけでも、見慣れた会社のロゴマークとはかけ離れたデザインに驚き、時代を経てなお変わらないロゴにまた驚く。といった具合にページをめくるごとに新たな興味が湧いてくる。

今回は本書の刊行記念として2024年9月20日に、神保町の書泉グランデで行われた友利氏のトークイベントでのお話と合わせて本書の紹介をしていきたい。(by すずきたけし)


■商標登録第1号

 日本の商標登録制度が始まったのは1884年(明治17年)で、今年(2024年)で140周年となる。本邦の登録商標第一号は京都で「鍵屋」の屋号を用いた売薬商人・平井祐喜のものであった(12頁)。魚を捌いている丁稚が左手の指を誤って切り落としてしまい困った顔をしているという、ロゴ“マーク”というよりも“絵”であるが、これが膏薬「養命膏」のロゴマークである。写実的で大げさな内容のロゴは家紋調のものが多い明治初期のロゴマークのなかではいささか異彩を放っているが、識字率が現代と比べて低かった時代において、傷に効く薬なのか病気に効く薬なのかが絵によって説明できるようなっているのがこの時代のロゴマークの特徴なのだという。

(登録商標第1号)

■地元由来のおとぎ話をロゴマークに

 群馬県桐生で絹織物業で財を成した福田常吉によるロゴマークは「ぶんぶくちゃがま」に登場する茶釜に化けたタヌキ(またキツネやアナグマ)の愛らしいイラスト(131頁)。おとぎ話の舞台である茂林寺は群馬県館林にあり、地元ゆかりのおとぎ話をモチーフにした今で言う“ご当地キャラクター”を用いたロゴマークとして興味深い。またトークイベントで友利氏は“かわいい”に着目して、このマークとともに大阪の唐弓弦商(そんな商いがあったことが初耳である)・赤松甚四郎による木綿糸の生成過程で使用される弦(ガット)のロゴマーク“猫のおしり”(123頁)を挙げていた。

(登録商標第4170号)
(登録商標第6326号)

■ロゴマークから知る意外な歴史

 江戸・明治の時代から今日まで続く企業といえば財閥系である住友グループがある。ロゴマークは現在も「住友井桁」と呼ばれるマークだが、住友家が井桁マークを使い始めたのは安土桃山時代の1590年(天正18年)まで遡る。精銅業で栄えた住友財閥だが、ロゴマークが商標出願されたのは1885年(明治18年)と遅く、井桁マークはそれまで住友家固有の商標ではなかったという。

 そんな住友の井桁マークが初めてロゴマークに登場したのは、一見して精銅業とはかけ離れた「白粉」であった。十二単を纏った女性の絵に「泉香」の文字。そして左下には住友家の「井桁マーク」。化粧用の白粉は「泉屋勘七」の屋号を名乗った杉本勘七によるもので、この杉本は代々住友家に支配人として仕えた人物。杉本は精銅業を本業としていた住友家から銅の精錬に際して副産物として生成される亜鉛を融通してもらい、亜鉛を原料とした井桁マークの白粉を販売していたという。しかしほどなくして白粉が亜鉛中毒による健康被害をもたらすことがわかり社会問題化。その後には製造販売が禁止されることになる。そしてこの白粉事業について住友グループの歴史にはほとんど残ってないという。住友グループの知られざる黒歴史(白粉だが)に本書でお目にかかるとは驚きであった。

 また、ソニーグループの創業者・盛田昭夫の高祖父である11代目盛田久左衛門・盛田命祺による清酒のロゴマーク(78頁)では、清酒醸造家から木綿問屋、醤油の醸造など多角経営に乗り出した命祺の商才と後のソニーグループの発展が重ねられるなど、現在に連綿と続く有名企業の歴史がロゴマークから語られていくのは興味深い。

(登録商標第283号)

■時代とともに消えた文具のロゴマーク

 江戸時代から明治時代にかけてよく使われた「金属製矢立」は、毛筆と墨壺をセットで持ち運べる金属製の筆記具入れのこと。主に商人が外出先での帳簿付けなどに使用していた。この矢立製造の第一人者だったのが小森彌兵衛で「八日市矢立」「江州矢立」等と称され近江商人たちのあいだでは大層評判だったという(97頁)。しかし大正時代になると万年筆が普及しほぼ役目を終えた。このように本書には今日では使われなくなった江戸・明治時代の用品や商品、サービスが登場し興味が尽きない。

(登録商標第97号)

■文化とデザイン、そして商業の歴史が垣間見えるロゴマーク

 ロゴマークから見えてくるものは、それぞれの企業のメッセージや理念だけではなく、“ハイカラ”など各時代のデザインや文化の流行、そして時代とともに現れては消え、また現代まで生き残る商品や事業などを知ることができる。また有名企業の知られざる社史なども知ることができとても面白い。

 友利氏によると、本書を書いたことで薬や醤油、製酒や呉服店といった当時の日本の伝統産業と、ビールやワイン、マッチなど舶来文化が流入して海外の文化や技術を瞬く間に取り込んで自らの産業として発展していった活気あふれるかつての日本の姿が見えてきたという。

 本書にはそのほかにも三菱グループとなんの関わりもない三菱鉛筆が同じロゴマークである秘密、任天堂が明治時代から現在まで販売し続ける意外な玩具、森永製菓のエンゼルマークの由来など、ページをめくるたびにロゴマークから新たな感心が芽生えてくる心躍る一冊である。

【プロフィール】
すずきたけし
ライター/ブックレビュアー。『本の雑誌』、文春オンライン、ダヴィンチweb、リアルサウンドブックなどでブックレビューやインタビュー、映画に関する記事を寄稿。X(旧Twitter)アカウント「@takesh_s」