スケートボード

その日は仕事で些細な失敗をして気が滅入っていた。
ジムに行くのが億劫で、ジムの前の公園に座り携帯を意味もなく見ていた。
都合の良い言い訳を作り上げて帰ってしまいたかった。

視界の端に階段でスケートボードを練習している男の子が見えた。

スピードをつけて5段の階段をジャンプして、着地、できそうで転倒。
転んで尻もちをつく。

そして立ち上がり、またスタート位置に戻る。

もう一度ジャンプ、やっぱり転倒。

私は彼がそれをリズム良く繰り返す様子を見ていた。

何度も何度も挑戦して、たったの一度も成功しない。
彼の動きは段々と荒くなっていった。

スケートボードを落とすように置いた彼は、今までで一番強く蹴り出しスピードを付けて力任せに飛んだ。

そして、一番派手に転んだ。

地面に寝転んだままいつまでも動かない彼を見て私は少し心配になった。

彼の指先が少し動いた。
ゆっくりと折りたたまれていく5本の指は固い拳になって、強く握りしめたまま地面を打ち付け止まった。

私の胸は、まるでその拳に握り潰されたかのように苦しくなった。
彼の悔しさを痛いぐらい感じた。

私は彼から目が離せなくなった。
息をのんで彼の次の行動を待った。

彼の感情を圧縮させたような拳はしばらく地面と強く押し合っていたが、ある瞬間にふと緩んだ。
拳は身体にゆっくりと引き寄せられ、彼は手のひらをついて立ち上がった。

服についた砂を払うこともせず、ただ真っ直ぐ前を向いてスタート地点に戻った彼は、スケートボードを両手で丁寧に置いた。
姿勢を正して立ち、呼吸を整え階段を見つめている。
もう一度飛ぶつもりなのだ。

彼の周囲にだけ無音の空間が広がっていた。

静かにキックして滑り出したスケートボード。
彼は宙に浮いた。

私は祈った。
                    

カシャーン

彼を残してスケートボードだけが走っていく。
現実はドラマのようにはいかないのだ。

彼はすぐに体勢を立て直しスケートボードを追い、拾い上げてそのまま次の挑戦へと向かう。
その足取りは軽やかだった。

失敗ばかりで何度も格好悪く転ぶ彼がとても格好良く見えた。

私は勢いよく立ち上がり、ジムに続く階段を駆け登った。

                             
Tシャツに着替えて靴紐を結ぼうとソファに座ると、隣で大学生ぐらいの男の子達が話していた。

いかにも鍛えているという感じの逞しい二人組。

「あーあ、これでまたひとつトレーニングから逃げる理由が無くなってしまった」

一人の男の子が溜息混じりにそう言った。

「しょーがねー、やるか」

ひと呼吸置いて残念そうに話すその顔はどこか嬉しそうだった。

私は道場みたいなこのジムが好きだ。
自分の色んな感情に折り合いをつけて、ただ黙々とひたむきに取り組む姿は美しく、見ていて心が洗われるからだ。

しょーがねー、やるか
私は心の中でつぶやいた。

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