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【映画】愛にイナズマ


いつ頃だか忘れたが

 1年くらい前かな。
 劇場へ映画を観にいった時に予告が流れていてちょっと気になっていたこの映画、結局劇場で観られていないのだけど、最近Amazonプライムで配信されたのでウォッチリストに入れといて、それを鑑賞した。

理屈じゃねぇ

 劇場で観た予告だとわりとコメディ要素強めの印象で、コメディ好きの私としてはそのあたりの映画として興味があった。
 で、確かに全体を通してやや脱力系コメディの要素はあるのだけど、それ一辺倒でもなく、わりと誰の中にもあるもやもやしたもの、それをきっちりと区分せずもやもやしたまま表現している、かなり概念的なというか、人の心理って案外こんなもんなんじゃないか?
 作中にもいろんなシチュエーションは出てきて、そこは映画なのでもちろんデフォルメされてはいるものの、ある意味「あるある」的な感覚が残る。
 この感覚を悪く受け取ってしまえば「はっきりしない」とか「とらえどころがない」ということになるのかもしれないけど、いや実際生きてることってはっきりしないし、とらえどころのない事が満載でしょう。
 そういう意味ではかなりリアリティのある話なんじゃないの?という気持ちになる。

マイナー映画監督の話

 本作の主人公は、かろうじてウィキベディアが作成されているという程度の、駆け出し女流映画監督である。
 で、基本的にはその人が映画制作を前提にして常にカメラを持ち歩き、様々な場所を撮影しているという体で話は進む。
 そういう意味では冒頭は特に、ドキュメンタリー風の作りにも思える。

あまりストーリーには触れない主義

 そういうことでストーリー自体は興味のある人が観て、それぞれに捉えれば良いと思うのだけど、随所に前述した「あるある」的な要素が散りばめられていて、私的にはそれが印象に残っている。
 松岡茉優演じる女流監督は赤が好きだ。撮影した画面にも赤が散りばめられているし、行きつけのバーの照明も赤である。
 で、この赤が好きということについて本作は深堀りしない(笑)
 私はこの感覚が良いと思うのだ。
 赤が好き、青が好き、その理由なんか必要?あるいはそんな理由を意識して生きてる?
 大概の人は「俺、赤が好きなんだよねー」で終わりだろう。

 また、彼女が出会い、ぼんやりと惹かれ合う関係になる青年。
 彼もまたなんともとらえどころのない人で、ところどころでポツポツと生い立ちめいたことを話はするのだが、その存在は最後まで明瞭にはならない。
 これも同様にお互い「好き」なのであって、いちいちそこを突き詰めたりはしない。ぶっちゃけ理由なんかどうでもいいし。
 たぶん、いろんな事を明確にしないと気がすまない性格の人にとってはものすごくイライラする作品なのかも知れないけれど、その瞬間の感覚で浮遊するように生きている人には妙に腑に落ちる作品なのではないだろうか。

 ただ、こんな感覚的なことばかりの主人公がわりとはっきりと認識することがある。

「人間てみんな役者だ」

 だから、彼女は他人に奪われてしまった「自分の家族の話」という企画を、役者ではなく本物の家族を撮影することで再び制作しはじめるのだ。

真実

 だが、やはり本物の家族と暮らし、その暮らしの中で撮影を続けると、自分が知らなかったことがポロポロと出てくる。
 父がいる。すでに余命1年という宣告を受けている。
 また、兄がふたりいる。
 長男は、世の中を上手くわたっているように見せかけているが、現実には様々な葛藤を抱えていて、自分を押し殺しながら、作り笑いで生きている。
 次男は、キリスト教の聖職者となっているが、やはりどこかで自信が持てずに苦しんでいる。
 母は子どもたちが幼いころに失踪している。

 決して順調だったわけではない家庭。
 順調にいかなかった理由が、実はいくつもあって、その全てを父が背負っていたのだということ、これがこの映画で唯一はっきりと提示される真実であり、理由なのだ。

キャスト・スタッフ等

 詳細はHPを参照すりゃ分かるのだけど(笑)
 監督・脚本は石井裕也。「舟を編む」は良かったな。

 主演の女流監督は松岡茉優。直近は「ギークス」というドラマが面白い。
 謎の青年は窪田正孝。なんかわりと最近、この人の出演作をよく観ている気がする。
 父親役は前半ではコミカルに、後半では圧倒的な表現力を見せつける佐藤浩市。「箱男」も楽しみ。
 いやとにかく、佐藤浩市演じるこの父親が、人間の持つ感情、喜怒哀楽とその中間に位置する曖昧な感情まで全てを曝け出すのだが、それは激しすぎず抑えすぎず、このようなときはきっと人間てこんな顔をするのだろうと想像できる、そんな演技をしていてとにかく圧巻。

白黒

 なんでもはっきりさせることの意味を否定はしない。それが絶対に必要な場面はある。
 でも、気にしないで、感じるままに思ったままに流れていたっていい時期もあるでしょうよ。
 最近いろんなことがギスギスし過ぎてる。
 いいじゃん、あやふやで。
 みんないろんな事があって、多かれ少なかれいろんなものを抱えて生きてんだから。
 その根底まで知り尽くしてるやつなんか実際、家族にだっていないよ。
 見えないところをほじくり返さんでも、ひとりひとりが演じている人間を面白がって眺めてりゃ「あ、おもしれぇ」で済まされることが、たくさんあるんじゃないのかな。


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