【小説】弱い男#6
前回
修行
「いちいち」
「え」
「いちいち、と言っている」
「はぁ」
その日、仲埜に弟子入りした弱い男は、とりあえず防御の姿勢について教えを請うていたのだが、上記はその際にまず交わされたふたりの会話なのである。
このとおり、完全にすれ違ってしまっていてハッキリ言って会話になっていない。
「え、ですからね、日常の動作というものからいちいち慎重に行わねばならないと、こう言うことを言っているのです、私は」
弱い男が話しの的を射ないので、仲埜は一気にここまで喋ったのだが、
「はぁ」
と、どうも相手の反応がイマイチであることに、少しイラついたのか、プルッと肩を震わせて
「じゃあ実践で教えるから」
とやや投げやりに言い放ち、すっくとその場で立ち上がった。
仲埜のイラつきを察したのか、弱い男も共に立ち上がった。
「まず相手が首を攻撃してきた場合、それを防御するために首をまげるわね」
そう言いながら仲埜は首をかくんと横に倒す。
「すると、敵は首の反対側がガラ空きなのを見て、ここぞと突いて来るから、これを手で防御するわね」
仲埜は言葉通り手で首を防御する。
「すると、今度は脇が甘くなるので、その際には肘を締めておかなきゃならないわね」
確かにその通り、仲埜の脇は締まっている。
「でね、ここでヨシとしちゃうのがシロウト、どシロウトなのであって、実はこの肘ってのは脇腹の半分くらいまでしか防御していないのね。だからここで脇腹の下半分から腰までをカバーするために、膝を曲げて脇腹につけるのね」
仲埜はなんでこんな美容師のような言葉使いをするのかな?と弱い男は余計なことを考えていたのだが、そうとは知らない仲埜の方はかなり必死で実践を続けていて、これはかなり不自然で無理な体勢に見える。なにやらそれこそ前衛舞踏のような雰囲気が漂っている。
このポーズを決めている仲埜は必然的に片足で立っていて、見るからに不安定である。
「師匠、かなり不安定ですが?」
弱い男は思ったままを口にした。
「そんなことはわかってる」
仲埜は気分を害したようだ。
「だから、安定させるためにこうするのよ」
仲埜はそう言うが早いか、軸にして立っていた方の膝を崩し、その場で横になって体を丸めた。
それならはじめから横になって体を丸めればいいじゃないか?と弱い男は思った。
「なるほど」
しかし、弱い男はそう言って、本心を隠した。
師匠である仲埜を傷つけたくなかったのである。
だが、これだけは言っておきたいと思ったことがあって、弱い男はそれを率直に言葉にした。
「師匠、みっともないですよ」
商店街にも夕方の紅い陽が注いでいて、「漢」の窓にもそれは差していた。
床で体を丸めているみっともない仲埜と、それを見下ろす弱い男の影が黒々とその紅い光の中に落ちている。
沈黙に包まれた静かな夕景であった。
(つづく)