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CAROUSEL
遊園地が苦手な彼を連れ出した。
その年は珍しく、移動遊園地というのが来ていて、話題になっていたのだ。
「移動遊園地の回転木馬の決まった色に恋人同士で乗ると、こういうことが起きる」みたいな噂が立った。
「ピンクの回転木馬は、恋の告白が成功する。
黄色の回転木馬は、近いうちに何かが上手くいく。
白い回転木馬は、何も起こらない。
そして、青い回転木馬に乗ると、恋人は別れる」
そんな話をすると彼は「くだらねえな」と呟いた。
私だって信じてるわけじゃない。だってなんのいわれもないし。
大体彼とは付き合ってるわけじゃないんだから、恋人がどうとかは関係ないはずなのだ。
私が回転木馬に乗りたかった理由はただ1つ。この移動遊園地の回転木馬は、噂が出る通り「ペアで乗る」タイプのもので、この地方では珍しいものだったのだ。だから、ただ乗ってみたかった。
ちなみに彼は、高校に通っている間にこのタイプの回転木馬に乗った、と言うか無理やり乗らされた。同学年の男たちで半ば貸し切りみたいに回転木馬に乗るという、それこそ「下らない」遊びをやったのだそうだ。
男二人で回転木馬なんて、色気も何もないどころか妙な気分になってやりきれなかった、らしい。
「あの時は、どういう顔で乗ってたか思い出したくもねえな。隣が野郎とかなんの罰ゲームかと思ってたら、あまりにも不機嫌だったらしい。ペアの相手から腹でも下したかと心配された」
ああ、下らねえと吐き捨てた彼だが、不快だったのではなく本当に呆れていたのだということが分かって私もおかしかった。
遊園地の回転木馬の前で、私は「青い馬車が来ませんように」と心の中で祈っていた。別にジンクスなんて信じてないけど、ネタみたいになってしまうのは嫌だと思った。
私たちの前に現れたのは、ありふれた白い回転木馬だった。私は内心ほっとした。
「何にもねえな」
彼の呟きに、私は「だね」と答え、回転木馬に乗った。二人乗りの回転木馬は思ったよりも窮屈で、別に体が密着しているわけでもないのに私はドキドキした。
曲がかかり、ゆっくりと回転木馬が回り始めた。上がったり、下がったりを繰り返しながら三周する。二人とも言葉を交わさず、回転木馬に揺られ、流れている音楽を聴いていた。派手な装飾の回転木馬に、ゆるいアコーディオンのメロディ。春の日照時間はそれほど長くないから、少しずつ日が暮れる時間に遠くの空が夕焼けで燃えていた。遊園地のにぎやかさとそれは全く対照的だった。
回転木馬を降りると、彼が先に出口を促した。
「満足したか」
「案外、面白かった」
ふうんと唸って、彼は先に歩き出した。
「なんだか無理やり付き合わせたみたいですみませんでした」
私が声をかけると、彼は首を振った。
「いや、いい。女と回転木馬に乗るのは初めてだったからな」
「女」
「お前女だろ」
「…私を何だと思ってるんです」
「女だ。一応な」
禅問答みたいなやり取りに私が呆れてため息をつくと、彼はそっぽを向いて呟いた。
「後でまた乗るか」
そんなに回転木馬が気に入ったとは思いませんでしたと私が言うと、彼は何かを企むような笑顔で言った。
「あの回転木馬は夜に乗ると雰囲気がいいらしい。お前はそういうの好きそうだからな。暇だから付き合ってやるよ」
付き合ってもいない女に随分親切だと思ったが口には出さなかった。
何てことない回転木馬なのに、彼と一緒に乗るとなんだかドキドキする。このまま終わってしまうのは名残惜しかったから、もう一度彼と回転木馬に乗れるのは密かに楽しみだと思った。
本当は山ほど大学からの課題がたまっていて、暇なんかじゃなかったことを後から知ることになるのだけれど。
でもこの瞬間、彼と一緒にいるのはとても楽しいと思った。この気持ちに、どんな名前を付けることができるのかなんて考えず。ただ、夕暮れの遊園地の空気に私は触れていたかっただけだった。
BGM:斎藤 守也「CAROUSEL」