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呉・広島で右往左往旅

書くのがずいぶんと遅くなってしまったが9月にフォロワッサンと広島旅行に行ってきた。サキノさんは高校の進路研修(修学旅行)で京都・大阪に行ったきり西日本に踏み入れたことがなく、もちろん中国地方はまるっきり初めてであるし全く勝手がわからない。同行のフォロワーは以前にも来たことがあるということでとても助かった。

1日目

私は東北、フォロワーは九州の人間のため旅は現地集合になったが、ふたりとも計画性がまるでないため、予定を組もうとどうこうする頃には地元空港からの航空便の価格がびっくりするくらい高くなってしまっていた。
結局隣の山形空港から飛ぶことになったが、空港のお向かいが果樹園のため出発前にリンゴや洋梨なんかをいろいろ見れたのはちょっと面白かった。

いかにもおいしそうな桃。朝早くから収穫もしていた
山形空港の展望デッキのところにある発着便画面。 ね!
乗り継ぎの合間に羽田でヒレカツたまごサンドと天むすをむしゃむしゃ

広島空港にて落ち合い、まず呉へ。
今回の旅の目的の一つで是非見ておきたかったのが、呉市立美術館の「『夕凪の街 桜の国』誕生20周年記念 こうの史代 漫画原画展 一街から国へ、そして世界へー」。

サキノさんは中学の頃に出会って以来こうのさんの作品が大好き。
ほぼまったくトーンを使わない執念はヤバいし、あとこうのさんの描く鳥のあざとくなさ最高に可愛いよな! あと「この世界の片隅に」の周すず前提のリンすずとすず径といいちょいちょい百合い描写挟んでくるのもさすがこの人デビュー作がガチ百合(「街角花だより」)だもんなって

……いやいやそうです原画展のはなしでした。
あいにく作品は撮影不可だったので上げられるのは門扉の掲示だけなんですが、ほんとすっごいよかったな……短い話シンプルな線でも情報量すごいし、あのハッチングほんとに全部手書きしてんのマジ……? とんでもねぇよ……。

大満足でした

原画を見ながら描かれた時代のことなりストーリーのことなり、あれやこれやと話しながら回り、加えて7月に開催されてたこうのさんととだ勝之さんの対談の映像が2階で流れてたんですが、これも面白くて結局閉館時間まで見ちゃいましたね。

これは美術館通りの全裸サックスおじさんの像

それから歴史の見える丘に行きました。ドックがでかすぎて140mくらいあるはずの護衛艦が小さく見える。さすが戦艦作っただけあるな。

こぢんまりして見えるが十分デカい

隣には組み立てる前の商船のブロックがデンデン置いてあった。こっちは部品の状態で既にあからさまにでけー! さすがコンテナ船(たぶん)

JMU呉の建屋のどこかには呉海軍工廠の文字がまだ残っている鉄骨があるという
前に石播の社内報で見た

更にちょっと移動してアレイからすこじまへ。
瀬戸内海はまともに潮汐がある場所なので、船がついているのも浮き艀。潮汐ほとんどなし日本海の民バードは結構びっくりです。そんなに海面上下すんの!?
潜水艦のメザシかわいいね……どれが誰だかわかんなくてかわいいね……

手前の子は十字舵だったので一番先輩です。それしかわからん

そしてあれは
「いやお前ほんとその身体で”Destroyer(駆逐艦)”は無理があるだろ」
「いまは多様性の時代なんだから自認を尊重してあげるべき」
などと言われていたDDH(helicopter defense destroyer:ヘリ巡洋艦)。
でっかい。

随分ガタイのいいDestroyerだな…
夕焼け
クレーンは英国製だった

お夕飯は呉駅そばの森田食堂さんにて。
肉うどんを頂いたんですが地元のとはぜんぜん違うなあ…!
(地元で「肉うどん」というと豚肉が載ったこんな感じのうどんです↓)

森田食堂さんのは、優しいおだしに細麺のうどんと薄切りの牛肉たっぷりでとてもおいしかったです。セルフのおかずもどれもホッとする味。

当たり前だが西のうどんはだしの色が随分違う

2日目

翌日はまず、二川まちづくりセンターそばの……ああっ!?
小学校の仮設校舎建ってる!?

本校舎老朽化建て替えに伴う呉市立港町小学校の仮設校舎

仮設校舎建設で撤去されてしまったかと思ってちょっと慌てましたが、裏手にちゃんとそれはありました。

色褪せた船体

一昨年書いたこのお話の登場人物もとい登場船舶、「名前のない船」こと、旧運輸省が推進した次世代超高速船テクノスーパーライナー(TSL)プロジェクトの実験船の一隻、TSL-A有人基本モデル艇です。

基本モデル艇のことは以下の論文にちょっとだけ出てくる。もしかしたら現場で呼ばれてた名前くらいあったのかもしれないけど、今となってはそれももうわからない。

TSLプロジェクトの他の船は全て解体され、もうこのモデル艇しか残っていません。この船も元々は、これから行く大和ミュージアムに屋外展示されていたんですが、頓挫したプロジェクトの遺物を飾り続けてもどうしようもないのでこんなところに移動され、それから放置されています。
私が上記のお話を書くきっかけになったコヤマさんの「花緑青」は、TSLプロジェクトの実用(予定だった)船のほうことスーパーライナーオガサワラを描いたお話なのですが、こちらもぜひ併せて読んでいけ…。

そんで大和ミュージアムに行きました。
まず入口入って横のところで山崎貴監督の特別展やっているんですが

ああーっ!? 君は映画「ジュブナイル」のテトラくん!!!
かわいいーーー!!!  なつかしいーーー!!!

かわいいーーー!!! グッズほしい!!

「アルキメデスの大戦」セットを見ながらフォロワーから対空射撃の銃座の回転方法なんかを聞いたりしつつ興味深く回りました。

グリーンバック撮影の様子と実際に映画になったときの画面

これはのび太くんの家の模型。

部屋の積みプラモに監督の趣味が入っている気がする

ここから常設展示。大和は1/10スケールでもデカイネー!

さすがあんなデカいドックが必要なだけあるわね!

ペラ4つもあって力技を感じるケツ。

燃費とか小難しいこと全く考えないケツだな

大艦巨砲主義の戦艦に超大型4発機の概念を、747やA480に大艦巨砲主義を感じるのは仕方ないことなんですよ……ほんとはペラがでっかくて少ない方が効率がいいことから言ってもね……。取り回しいい種族に押されて衰退したことから言ってもね……。

意外だったのは、この砲弾の先の三角のコーン部分は空力フェアリングで中身みっちり詰まっているわけではないこと。

そこ中空だったの!?
弾の本体そういう形してるんだ…

一発一発がでかい砲ともなると重すぎて運搬に支障が出るので弾と火薬がくっついたセットにすること自体できなくなるので別々に詰める&装填も人力ではとても無理……という話を聞いて途方もねえなあ。

こっちはなんか置いてある初鷹さんのエンジン

ターボジェットはいかにも燃費悪そうなかたちしてて良いよね…すごい音だろうな…
石播は隙あらばネ20の話をねじ込んでくる

大和ミュージアムは某財団周りとそれなりのお付き合いがあった(からTSL-A有人基本モデル艇を寄贈された。現在もお付き合いある)ので、財団周りの船が子供向け展示にちょくちょく出てくるのも見どころだったりする。
「進化を続ける船」コーナーに紹介されてる中にはもういない子の写真が多い。

超電導電磁推進船「ヤマト-1」
地面効果翼船水上タクシー「あかとんぼ」
次世代超高速船「テクノスーパーライナー」

こっちは屋外展示。JAMSTECのしんかい2000としんかい6500の話は出ても、海保さんとこの初代しんかいはよく忘れられる。メーカー違うので血縁はないとはいえ、こっちが! こっちが初代ですんで!!

外務省さんは完全に初代のこと認識の外だったらしい
初代まるまるしてかわええやろがい!!

案内看板には金星さんとテクノスーパーライナーの姿も残っているが、テクノスーパーライナーの居場所はあいにくもうカフェになってしまっている。

ここにいたのにな~

大和主砲の旋盤も見てきました。立派な建屋作ってもらってよかったねえ…

末永く大切にしてもらうんだよ

大和ミュージアムの次はもちろん(?)てつのくじら館。
きのこだね~~!

マッシュルームアンカー

掃海ってとてもかっこいいよな…そうだろ諸氏…

周りを海に囲まれてんだから海を船が通れないとおわりですよ
以前掃海艇さんが地元で一般公開されたとき、
海底につながってるとこをカッター付きのケーブルにひっかけて切るとは聞いていたが
こんなしくみ。よくできてるんだなあ

潜水艦の歴史展示見ながら、(当然展示には全くでてこない)西村式潜水艇とかまるゆとかがこのへんの隙間に…みたいな話に脱線しながら回ってるうちにめっちゃ時間食った。話が脱線し続ける人間が揃うとこうなります。

最近の潜水艦ってだいぶモッチリした形してんだな

あきしおさんの中も面白かったけど撮影不可だから諸氏も見に行け

歴史感じるとこも結構あった。最近の子はナウいらしい

これはジャパニーズ自衛艦なんだかアメリカンなんだかわかんないアレ

見た目通りの味がします

それから場所を移動して広島へ。
ずっと見たかった夕凪の街 桜の国のステンドグラスが見れた…!

すごく繊細な作りをしていた

さらにもうちょっと移動して中洲へ。

「夕凪の街 桜の国」で印象的な使われ方をするこの2つの橋もぜひ訪れたかった

平和大橋と西平和大橋には、それぞれ元々「いきる」「ゆく(死ぬ)」という名前がつけられていた。デザインは平和大橋は昇る太陽、西平和大橋は船の舳先をイメージしている。
「あれから数年しか経たず人々の傷も記憶も癒えきらないうちに、どうしてイサム・ノグチ氏はこういうタイトルをつけたんだろう、それに向き合わせるのは残酷なことではないだろうか」というようなことをフォロワーは言った。
私はしばらく考えて、「その場所に人が住み続けている限り、人は生きたり死んだりしつづけるからじゃないかな」と言った。誰もいなかったら、いくら物があっても街じゃなくて、そこに誰かがいて生きていると街だ。
人の絶え間ない活動と代謝が街を街たらしめていて、変わらない街はなくて、街は人の生きる土地であり続ける。

しかしこの弓なりの欄干は低い。転落の危険を気にされるのはそれはそう

これは広島港駅。ナウい子から食パンみたいなレトロな子まで路面電車がひっきりなしにやってくるし瀬戸内海のかわいいお船もひっきりなしにやってくるし、ハードコア日本海に調教された雪国の民には馴染がなさすぎてびっくりよ。しかも市内線均一運賃とかどうなってんの。

すごいカルチャーショック

銀河さんの佇まいはなんとなくロイヤルウイングさんに似ていらして、なるほどこれが瀬戸内の客船なのだなあとしみじみ。

お上品

で、銀河さんの料理

当然のごとく全部おいしかったです!!
操舵室

そういうわけでサキノさんのファースト御船印は銀河さんになったのでした。大切にしよ…。

3日目

この日は朝から入船山記念館に行った。

元・海軍司令長官官舎
調度がお上品~~~豪華~~~
後ろは純和風

洋館と和館がくっついた変わった作りをしているのだが、こんな感じのお屋敷にはめちゃくちゃ見覚えがある。横須賀の田戸台分庁舎に似てる!!
(むこうも海軍の司令長官官舎だったんだからそれはそうなんだけど)

壁紙は模様を刻んだこの丸太に紙を巻き付けて叩き…
そこに彩色することで立体感を出して作る
これはまだ違法建築じゃない頃の扶桑

そんでお土産買ったりなんだりして広島空港へ。

ノーズギアがあると思ったら
富士号!!!?

JALの初めてのジェット機ことDC-8のJA8001「富士号」の脚でした。
機首はいまもハンガーの片隅で現役機たちを見守ってるのよ。

特別な飛行機だから元々はJALさんも1機丸ごと残したかったみたいなんだけど、分割されちゃったとはいえここでもしっかり大切にしてもらってるようなのでそれは良かったな…。

あ、ちゃんとお好み焼きも食べました。とりいそぎだけど。

空港のお店でも「お家で作ろうとしてもこうはいかねえ」という感じなのはさすが広島
そんで帰ってきたわけよ

反省としては、あれやこれやと山形からお土産のおやつを持っていき「余ったらお土産にでも」と思っていたのにフォロワーが健啖すぎて小分け包装のものは旅行中にあらかた食べきってしまったことがある。オッケー、次は倍持っていくぞ。
あと淡雪花もっと買えばよかった!! フワフワで甘酸っぱくておいしいから諸氏もぜひ食べるといいよ!!

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