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東アジア反日武装戦線について(4)

     むかしわが朝をさわがせた大事件の1つとされて今も世にしられる日帝利権企業連続爆破攻撃事件、これをたたかった例の極左過激派・東アジア反日武装戦線のことにふれた記事を、このところいくつかnoteにあらわしてる。===> 『爆弾テロの映画作品』、『東アジア反日武装戦線について(1)』、『東アジア反日武装戦線について(2)』、『東アジア反日武装戦線について(3)』。
     そのせいで、ある種の誤解をまねくおそれがでてきているので、その誤解をハッキリうちけす内容の記事をここにかきしるす。 わが朝 近現代史上にきわめて希有のこの都市ゲリラ部隊を、なにも手ばなしに称揚・賛美しているのではけっしておれがないことをここであきらかにする。 といってもツイッターとかではまえにも同趣旨のことをすくなくとも1-­2どはさえずってるから、このnote記事は単にそれをあらためてくりかえしてるぐらいのしろものにすぎぬ。
     東アジア反日武装戦線に対する基本的なおれの見かたはじつは何十年ものむかしからきまってて、これがぶれたことはない。 おれはこれを、わが朝 人民同胞が在野での政治活動において歴史的になしとげた到達点の1つだなどとするとらえかたをまったくしない、していない。 そのように位置づけられるたぐいの運動だとも政治活動だとも〝うごき〟だともぜんぜんおもわぬし、そのようにはみない、みていない。 ではどのように受けとめているか。 つぎのとおりだ。
     わが朝 人民同胞がそれぞれに大なり小なりむれをなし、その政治的良心にもとづいておこなうところの政府・政権に対する異議もうしたて活動としての政治的なおおきな流れが、ある段階でゆき場をうしなって迷走しはじめ、やがてふくろ小路にさまよいこみ、あげくのはてについに自滅にいたってほろびさり・きえさっていったという、その全過程における〝しめくくり〟としての自滅という1過程にあたる自爆現象としての〝行動〟〝うごき〟〝活動〟の1つが、東アジア反日武装戦線の爆弾テロ〝斗争〟にほかならぬ、これが基本的なおれの見かただ。
     「1つが」といまかいたのは、ほかにもおなじ部類とおもえることがあるからだ。 すなわち、まったくおなじ種類のふくろ小路にさまよいこんで自滅をとげるにいたるその〝しめくくり〟の自滅にあたる自爆現象としての〝行動〟〝うごき〟〝活動〟には、ほかには(1)新左翼セクト間での内ゲバ殺人合戦、(2)日航機よど号のっとり北韓渡航+その乗っとり犯らに対する北韓政府によるむちゃくちゃな虜囚化=ウラ政治上のひどい〝よごれ役〟専門のパシリ化・手さき化、(3)連合赤軍による大量のなかまごろしという3つのそれぞれにおそるべき、そして愚劣きわまる大失態・大誤謬がある。 これらのことどもを、むかしから一貫してそのようなものとしておれはうけとめてきている。 東アジア反日武装戦線が爆弾テロで一般市民を無差別大量殺傷しちまったできごとも、いまあげた(1)(2)(3)にならぶいわば(4)としての社会現象・人文現象とみているわけですね、むかしからおれは、いうなれば。
     これら4つの事例はどれもすべてほぼ同時期にわが朝 世上にあらわれてきているし、犯人たちもほぼすべて同類といってよい層───というのはつまり過激な学生運動にとりくんでたれんちゅう───のなかからでてきている。 さらにまた、それぞれに後続する運動なり活動なりがおきて、それが大衆性をおびて世にひろがり、やがて政治活動上の1潮流をなすにいたったとみなせるようなものがこれっぽっちもないままに、いま現在にいたっているという、この点でもこの4事例はすべてみごとに共通している。 ふくろ小路での自滅にあたる自爆現象としての諸事例のほかではあるまいとおもえるわけだが。
     ヒトという生きものは、ヒトではないすべての生きものとちがい、生きものとしての本能がこわれている。 だから日常的にしょっちゅう正気をうしないがちであり、いわば正気と狂気のあいだをつねにいったりきたりしている生きものだ。 気のめぐりをすっかり病んで元気をなくしてしまっているとおもえるばあいも、ざんねんなことにすくなくない。 いつの瞬間も暴走しよう暴走しようと狂気が内面でまちかまえているような生きものなのだとの云いかたもなりたとう。
     上記4事例の犯人たちは、ハドメがきかずにとことん暴走しちまったひとたちなのだとおれはおもう。 これらのひとたちが、学生運動にたずさわったなかのほんの1部でしかなく、圧倒的多数がそうした暴走と無縁だったことは、暴走しちまったひとたちについてかんがえる上で、本質的な何ごとかをしめす1つのことであろうとおれにはおもえる。 つまり大多数のひとたちは正気をたもったのであり、狂気にははしらなかった。 狂気にはしって暴走した者たちは、大多数がたもちえた正気をたもてなかった。 このことは、暴走したヒトたちが、ヒト個体としてどの類型に属する個性をもつかなどをかんがえる上に、なにかしら参考になる1事であるにちがいあるまい。
     きつい表現になるが、そのとおりだとおもうので遠慮せずにかくところ、その暴走したれんちゅうは、ほかの大多数のひとたちとちがって、自分が正気をなくしていることにきづけなかったのであり、これはつまり感度がにぶいということだ。 感度がにぶいというのは鈍感・鈍物だということであり、ものをみる目やおもうあたまもまた粗悪の部類に属するってことだ。 さらにはコトを正確に判断するセンスにもめぐまれなかったことを意味してもいるわけで、つまるところセンスもないのだ。 すなわち鈍感で雑で粗悪でセンスがないから、大多数がそうはならなかった暴走をしちまった。
     東アジア反日武装戦線のれんちゅうもただしくこれにズバリとあてはまるとおれはおもってる、むかしから。 きつい云いかたをしちゃっていることはよくわかってるつもりだが、おもいどおりを容赦せずに正直にかいているにすぎぬ。 しかもこの論評は、東アジア反日武装戦線についての事実をくわしくしればしるほど、その内容がひたすら補強されるばかりであり、基本的だったり根本的だったりの点でこれが否定されねばならぬとおもえたことは、しるかぎり、すくなくともいまのところ1コもない。
     いちばんよくしられているのは"狼"部隊についてであろうが、おれのみるところ、この部隊の遂行した作戦における諸事実にも、上記のきつい論評はとてもよくあてはまる。 どうもなっとくのいかない点が作戦のいろんな部分にみとめられるのだ。 しかし他方では非のうちどころがないほど十全・万全だとかんじる点もある。 だから全体では何やらたいへんチグハグの感をうける。 どうしてそんなことがなりたつのか。 正気をなくして暴走していたのであろうと云いたくなるのだ。
     虹作戦すなわち昭和天皇ヒロヒト暗殺計画でのずさん+おそまつについても、すでにいくつものことが指摘されてきているが、おれがまずおもうのは、そもそも天皇の暗殺なんていうすごいことを大まじめにしでかす気なら、おおかみ部隊はどうしてこの作戦ただ1つだけに〝やるべきこと〟をしぼって時間と精力のすべてをついやさなかったのか、この疑問1コだけでもう〝くるっちゃってるひとたち〟だとおれにはかんじられる。 松下竜一【まつした・りゅういち】の『狼煙を見よ』を最初によんだのはいつだったか、わかいころだったのはたしかだが、ひょっとすると高校時代だったかもしれぬところ、同書でこれをしったときからこの疑問はいままでずっとおもいつづけててわすれぬことだ。 天皇暗殺という大計画なら、ただこれ1コさえ完遂できれば、それだけで左派のテロリストとしてもはやこの上ない上々といってよいのであり、あとののこりの人生は、ほかに何もせずともぜんぜんかまわぬというほどのことだ。 当然であろう。 どうしてそれを〝その他のあれこれ〟と同列の作戦としてあつかえるのか。 まったくわけがわからぬ。 しかしふつうのあたりまえのニッポン人なら、こんな過激派テロリストのあぶない作戦とか政治性とかに興味も関心もなくて何もしらなくたって、たいがいのひとはおれのこの疑問をすんなり〝そりゃそうだ〟とうけとめるんじゃないか。 しかもこのことは作戦の基礎の基礎にもあたらぬ、それ以前の前提ぐらいのことではないかとおもえるところ、もはやそのていどの段階ですら大ズレにズレちゃってることになる。 だからこれはじつはごく単純な意味での非常識とか常識ハズレに属することにすぎぬのではないかとおもえるのだ。 それとも、こうおもうおれのほうがおかしいんだろうか? けれども昭和天皇ヒロヒトをなぜねらうかのわけを説明するその理屈の部分についてはほぼ非のうちどころなく賛同できると云える。
     大量の死傷者をだした三菱重工ビル爆破の作戦名はダイヤモンド作戦だそうだが、このばあいのずさん+おそまつも、これまでさんざん指摘されてきているが、前記した虹作戦での疑問とよくにた点がこれにもあるとかんじる。 三菱重工という会社の犯罪性を弾劾するその内容や、同社をまとにするわけの説明やについては非のうちどころがないと云える。 しかしそのかんがえにもとづいておこなう攻撃が、なんであの爆弾テロになるのか。 というのはあの大惨事でも同社にはカスリ傷ほどにもならなかったであろうからだ。 はなしになってない。 しかしあのビルのあの場所にあの爆弾を仕かけたところで、同社への打撃になど本質的にならぬことは、やるまえから常識でわかるではないか。 どうしてそれを実行しちまえるんだ。 同社に対する弾劾の内容に量質ともにぴったりの打撃をもしも同社にあたえたければ、作戦の内容をガラリと変えねばならぬことに議論の余地はまったくないとおもえる。 べつの云いかたをしよう。 たとえば爆弾をつかうにしても、その仕かけかたなどをもっとぜんぜんちがうようにして、あのときあのビル全体がまるごとペチャンコにつぶれる式に爆破することで、そのときこのビル内にいたヒトたちを、ひとりのこらずころしたら、これはもっとすごい重大事件になってたわけだが、この架空のばあいですら同社にとってその被害は、同社の巨大すぎる犯罪性などとはつりあうはずもないほど取るにたらぬごくわずかにとどまるであろうし、さらにはそれで同社が倒産するなどでこの世からみごときえうせるといったこともまったくありえまい。 つまりはそこまでやってもなお話にならぬわけで、それぐらいぜんぜんズレちゃってるとおもうのだ、この作戦は、そもそも。 そしてこれもまた、作戦の基礎の基礎にもあたらぬ、それ以前の前提としての常識ぐらいのことであろう。 だからこれもやはり単に常識がなくなってたとおもえるのだ。 ちがうだろうか? 正気をなくして暴走しちゃってたからそうなってたのだと見たてれば、ごくスンナリはなしがあうようにおれにはおもえるのだが。
     虹作戦とダイヤモンド作戦のそれぞれについて、単なる非常識が土台になっちゃってるとの批判を1コずつ上にいまかいた。 その2作戦に対するまっとうな批判はもちろんそれだけではぜんぜんないので、巷間すでに指摘されてきたこともふくめて、ほかにもいくらもある。 爆弾をしかけた鉄橋をお召し列車がそもそも通過しなかったというあまりにも何それなオチもよくしられているが、仮にそれらのすべてがみごと計画どおりだったとしても、ねらいのまとたるヒロヒトを絶対確実にそれで仕とめれるとはとても云えぬ計画でしかないのだ、そもそもこれは、いわば「原理的に」だ。 それどころかヒロヒトだけは無傷かケガぐらいでぶじにすみ、まわりの護衛や皇后らはぎゃくにみんな死ぬといったくだらぬネタなみのろくでもない結果におわる可能性すらふつうにありうる〝計画〟にすぎなかった。 このずさん+おそまつ。 しかもこの作戦の遂行のために多大な消耗を自分らにしいておきながら、けっきょく中止せざるをえずに未遂でおわってる。
     ダイヤモンド作戦の爆弾の威力があれほどつよいとは部隊のだれもがおもわず、その予想外のどでかい結果にみんな動揺しまくったのだそうだ。 木をみて森をみずというが、ほかならぬ自分たちでこさえた爆弾の威力についてのこのおもいちがいという1事にてらしても、オオカミ部隊のひとたちは木と森のどっちもをみんなが見そこなってたんじゃないかとかんじられる。 列車のとおる鉄橋の特定の不正確については前記したが、世に蜂起をうながすあおり立てのために発行した冊子の印刷から正体ばくろの足がついたのもふくめて、木と森の両方がみえてなかったと云いたくなる。 自分らのふるまい・行動に対するぬかりのない観察ができてないことをいずれも意味しているであろう。 ひつようで適切な自己観察がなされていないことになる。 これは気のめぐりが正気でないばあいにだれにもよくおこりがちのことだ。 その状態がもう習慣化しちゃってたんじゃないのか。 これに関連しておもいだされるのはオオカミ部隊をひきいた大道寺将司【だいどうじ・まさし】が自己顕示欲のつよいキャラだったとの云いつたえだ。 自己顕示にはしると正気がうしなわれて細部のいろいろがおろそかになりがちであること、これは鉄則の1つであろう。 部隊内でそれが常態化してたんじゃないのか。 ちがうだろうか。
     東アジア反日武装戦線のことをかいた本でたぶん1ばん有名なのは前出の『狼煙を見よ』であろうが、この作者・マツシタ₌リュウイチがこれをかくことになるそもそものきっかけは、マツシタのべつの本『頭腐屋の四季』をダイドージ₌マサシが獄中でよんだことにある。 このことは、この件ではとてもよくしられたできごとだ。 ダイドージはその読書感想を獄中からマツシタあてに手紙でおくるかどうかするのだ。 それで両者にえにしができる。 しかしてのちに『狼煙を見よ』として結実するところのいきさつがそもそもはじまる。 そのえにしむすびの書『豆腐屋の四季』には、ものかきになるまえは1介の豆腐屋だったマツシタの、その1介の豆腐屋としてのちまちました日常に対するグチがたくさんかいてある。 すなわちマツシタは豆腐屋だった当時、その日常がイヤでイヤでしょうがなかったわけだね。 マツシタにとってそれは〝あまりにもしょぼいこと、しょぼすぎること〟でしかなかった。 そんなグチこぼしの本『豆腐屋の四季』(笑)をダイドージが獄中でよみ、自分は運動にかかわってるあいだ、そういうちまちました日常といったことがらをずっと〝わすれてた〟というような感想をいだく。 それをマツシタあての手紙にかいておくるかどうかしたってのは前記のくりかえしだが、ダイドージのこの読書感想、これがおれの目には、東アジア反日武装戦線そのものが全体として〝狂気の暴走〟だったとするおれの見かたを、決定的にうらづける重大な証言にほかならぬとおもえる。 「夢中」ということばがあるが、この語のほんらいの意味どおりのことが、ダイドージらの内面におきていたのだとおもえる。 夢中すなわち「ゆめ の なか」であり、ウツツをぬかしてユメにどっぷりひたりこんじまってたのだ、自身ではそうとは気づかず、自覚できずに。 ウツツをぬかすというのは現実ばなれをおこすことであり、つまりは正気をなくして狂気にとらわれていたのだ。 これはすぐれて「気のめぐり」のことだ。
     おれのこういう見かたをうらづけるとおもえることはほかにもある。 去年(=キリスト暦2019年に)しんだ高須基仁【たかす・もとじ】が、とある対談本でだったとおもうが、おおかみ部隊のダイヤモンド作戦にからんで、おれにはきわめて重大だとかんじられる証言をしている。 その本をおれはずっとまえにチラッとみたおぼえがある。 つまりダイヤモンド作戦=三菱重工ビル爆破がなされた直後、職場にいたタカス₌モトジのもとに、オオカミ部隊のひとりがでんわをかけてきて、なにかそれなりのことを仕でかした旨つたえたのだという。 タカスとその者は、たしか現役学生のときだとのはなしだったとおもうが、それなりに接点のあったあいだがらだそうで、たがいに見しってたのみならず、あいてのほうはタカスに対して、なにか意識していたところがあったのらしい。 でんわがあったとのタカスの証言がもし事実なら、そのオオカミ部隊のひとがだれなのかはしらぬが、自己顕示欲のつよいキャラだったとつたえられるダイドージのひきいる部隊の者らしいこととして、はなしがよくあうと感じられる。 オオカミ部隊のその者には、そんなでんわをタカスにかけることがそのときその作戦にからんで〝重要なこと〟だったのだ。 おれにはこれは〝すごいこと〟だとおもえる、マイナスの意味でだが。 あの作戦の爆弾で殺傷されたひとたちこそあわれのきわみというほかない。 まさに正気をなくした暴走のハテにやらかしちまったことなのだナとかんじる。 ちがうだろうか?
     東アジア反日武装戦線もふくめて前記4事例の犯人たちの個性について、雑で粗悪で鈍感でセンスがなかったのだとさきに評した。 これと反対のほうに属するひとたちは、その当時すでにハッキリと非暴力主義に肩いれしていた。 そのあといまにいたる世の動向・実相にてらすなら、いわゆるセクトによってたつの活動が当時すでに時代おくれのふるいざま・ノリになりつつあり、非暴力主義によってたつの活動こそが時代の先端だったことをもいやでもみとめざるをえるまい。 機会があれば、当時の学生運動を経験しながら、非暴力主義にかたむいたひとたちのはなしを各自きいてみるとよい。 いわゆるセクトのれんちゅうのあいだにまかりとおるノリ・ざまにひどくきずつけられて、こりゃやっぱりダメだなどとおもって非暴力主義に目をむけたという意味のことをかたるひとが、男女のちがいをこえてしょっちゅういるのだ。 だがセクトのれんちゅうは非暴力主義のれんちゅうをあたまごなしにバカにして、〝おんな子どもの世まよいごと〟視し、あからさまにあざける。 その実例を、これは東アジア反日武装戦線とかに関係あるヒトたちではまったくないのだが、おれもこれまで2­-3実見したことがあり、びっくりさせられたものだ。 なにしろいい年をしたおとなが、べつのおとなたちをさして、まともにあざけるのだ、そのあざけりの感情がありありとみてとれるおももちを恥じらいもせず、かくそうともせずに、だ。 自分とはちがう路線をゆく者たちがいて、自分がそっちのちがう路線にのりかえはしなくても、バカにしたりあざけることまではしなくてもいいではないか。 これがたとえば例のあの排外主義の差蔑集団〝ざいとくかい〟のような、まさに大のおとなどもが堂々とあざけりバカにしてあつかわねばならぬようなたぐいならコトはべつだが、非暴力のれんちゅうはそんなのとは根っからちがうではないか。 いったい何のわけがあってあのようにあざけりバカにするのか。 おれにはまったく理解できぬ。 〝すごいこと〟だとおもった、マイナスの意味でだが。 けっきょく前記のとおり、雑で粗悪で鈍感でセンスがないからこそ時代にとりのこされて、セクトのノリの活動をつづけることができちまったのであろう。 そのうえに、前記した暴走という人文現象・社会現象が、なんせ雑で粗悪で鈍感でセンスがないのでハドメをきかすこともできずに、さらにかさなっておきたのであろう。 「時代にとりのこされ」たというのは、べつの云いかたをすれば、当時の人民大衆のきもちからひじょうにおおきくズレちゃってたってことだ。 非暴力にはしった者たちは、それとはぎゃくに、その者たち自身がむしろ人民大衆そのものだったのであろう、だからセクトのふるいノリ・ざまになじむことがおのずとできずに、セクトにいられなかったのであろう。 密でこまやかで鋭敏でセンスがあるからこそ、時代のながれとともにあり、おのずとそうなったのにちがいなかろうとおれにはおもえる。

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