日本酒のおいしさ 4 味や香りの特徴を記述する
日本酒の味や香りの質を言葉で伝えるには、どうすればよいだろうか?
味については、甘味、酸味、塩味、苦味、うま味の5つの基本味があり、なめらかさや後味のきれといった口あたり、さらには複合的感覚として、これまで説明した甘辛、濃淡があるが表現の数は少ない。
一方、香りについての表現は多彩である。華やか、新鮮、さわやかといった情緒的表現、甘い、重い、刺激的といった他の感覚を用いた表現もあるが具体的なものの名前を使用した方が香りの質を相互に理解しやすい。また、様々な香りを表現するためには、まず同質な香りを大まかに捉え、さらに詳細に違いを表現することがよく行われる。果物を連想する香りはりんごでもバナナでもとりあえずフルーティとしておき、りんごに似た香りが強ければフルーティ・りんごと表現する方法である。
専門家は、酒類中に存在する様々な味や香りを、数十の共通した用語を使って表現しコミュニケーションを行っている。これらの用語を車輪のスポークのように配置した図はフレーバホイールと呼ばれ、各用語間の関係を理解するため香味が似通った用語は近く、また、階層構造により中心に近いほど概念的な用語、外側ほど化学物質名など具体的な用語が配置されている。清酒のフレーバホイールは(独)酒類総合研究所のウェブサイトに「清酒の香味に関する品質評価用語および標準見本」*として公開されている。
図1 清酒のフレーバホイール
* 清酒の香味に関する品質評価用語および標準見本, https://www.nrib.go.jp/data/seikoumi.htm
清酒のフレーバホイールでは、清酒中に個々に確認することのできる香味特性を表す86の用語を16のクラスに分類し、さらにクラスの中は2つに階層化している。例えば「吟醸香・果実様・芳香・花様」というクラスの下に「果実様」という階層があり、「果実様」の下にバナナ、りんご、洋なし、メロン、いちご、柑橘という用語が配置されている。また、用語を理解するため43の用語に対して標準見本(見本となる化学物質又は試料の調製方法)が定められている* 。
* 宇都宮仁: フレーバーホイール - 専門パネルによる官能特性表現 - , https://www.jstage.jst.go.jp/article/kagakutoseibutsu/50/12/50_897/_article/-char/ja/
実際に日本酒の香味を評価する際には、16のクラスから10から20個の用語をまんべんなく選択し、「ほとんど感じない」から「とても強く感じる」までを5から7段階で評価する。また、甘辛や濃淡のように相対する概念を有する用語は、「どちらでもない」を中央に「とても○○」から「とても△△」までを7段階程度で評価する。用語や評価方法を正しく理解し再現性のある評価を行うには訓練が必須であり、専門家養成を目的とした「清酒官能評価セミナー」* が酒総研で開催されている。
図2 清酒の評価用紙例
* 清酒官能評価セミナー, https://www.nrib.go.jp/kou/kouinfo.htm
ところで、一般の人は日本酒の香りをどのように表現するのだろうか、専門家と消費者のそれぞれの用語を対応させることができれば、日本酒の特徴を説明する際や感想を聞く際など消費者と製造者のコミュニケーションに役立つと思われる。そこで、標準見本と市販の清酒を用いて、消費者の香りの表現、分類、嗜好を調査した。その結果、日常生活において馴染みのない香りの表現は難しいが、日常的に接する香りであれば、専門家が使う化学物質名を使った用語例えばジアセチルも、ヨーグルトと表現すれば互いに理解することができると考えられた。また、清酒を構成する香りは、①りんご、②バナナ、③アルコール・スパイス、④木・草・緑、⑤米・麹、⑥酢、⑦醤油・カラメル、⑧たくあんの8つに分類された*。
図3 一般パネルによる清酒の香り分類
* 宇都宮仁: 清酒の官能評価にかかわるにおい・かおりについて, https://www.jstage.jst.go.jp/article/jao/38/5/38_5_352/_article/-char/ja/
初出 醸界協力新聞社 2013
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?