天使のはしご
空から水が降る日は雨の日、
花が降る日は花の日、
氷が降る日は雪の日、
星屑が降る日は星の日、
この世界にはたくさんのものが降ってくる。
これらのいくつかは自然現象だ。メカニズムもある程度知られている。
けれど、花だけは長い歴史の中でも分からないことの方が多かった。
たとえば、降ったあと、水や星屑は大地に溶け込んだり川に流れたり山に積もったりする。
形として残る。
けれど、花は何故か一定期間時間があくと消えてなくなるのだ。
どこかに、一瞬で。
その様子は塵になるようだという人もいれば花びらが舞っていくようだという人もいてそれぞれで、とどのつまり、解明されていないのである。
降った花が消える前に、瓶やら箱やら袋やらに詰めておくと、いつのまにか花から他のもの、ガラスやら砂糖やらインクやらに変化するのだ。
『だから、そうやって花の形を保ってらんないやつらってのは、みんな性格が悪い奴らなんだ。神様の前で平気で文句を言ったりする。そういうのを省いて捨てるのが僕ら天使の仕事のひとつなの!』
花について詳しく聞いていたら、相変わらずのドヤ顔でそう答えてきた。
あれから、いろんな高いところに行ったけれど、結局どこに行っても天使が神様に気づいて貰えることはなかった。
『花を捨てるのは嫌いじゃなかった。お前たちが実は楽しんでいると知って、神様も喜ばれていた。』
天使が神様の話をするとき、それはそれは愛おしくて大切で、大好きだという顔になる。
そんなひとと離れ離れになって辛くない訳がない。
早く返してやれないだろうか。
そんなことを思いながら話をしていると、ぽつり。
雨の足音が聞こえて来た。
ぽつり、は、あっというまにザーザーに変わって、シャワーのようにどしゃ降ってきた。
『わ!なんで!水が溢れてる!』
雨を、見たことがないのだろう。
天使は窓の外から身を乗り出して雨に降れる。
『あはは!なにこれ!なんだこれ!!水がぼたぼた!びしょびしょじゃないか!!』
こどもみたいに大はしゃぎして、外へ飛び出す。羽も出したまま、全身で雨を受ける。
濡れた前髪がぺたりとおでこに張り付いて、そのカーブの先から雫が溢れる。
顔が、身体が、羽が、なにもかもが水浸しになるのなんてきにせず、はだしで雨を受け止める。
本当に見たことないくらいに楽しそうにしていた。
俺は、風邪引くぞ、という言葉を引っ込めて自分もどしゃ降りの中を繰り出した。
通り雨だったのだろうか、もう雨足も弱まってきた。
雲の隙間から太陽が顔を覗かせる。
分厚く張った雲の隙間から溢れる光が、まっすぐこちらへ降りてくる。
その光は淡く、けれどもキラキラと眩しかった。
ああ、そうか、これか。
俺は思わず大きな声で天使に叫んだ。
掴め!天使のはしごだ!!
帰れるぞ、なんて言わない。言わずとも伝わったはずだから。
天使は怪我したままの翼を気にせずに大きく広げ、ばさり、ばさりと羽ばたき始めた。
伸ばした手がはしごにかかる。
確かに掴んだその瞬間、こちらを振り向いた天使の顔は、逆光でよく、見えなかった。
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