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【ミステリーレビュー】聖女の救済/東野圭吾(2008)
聖女の救済/東野圭吾
長編としては「容疑者Xの献身」に次ぐ2作目となる、"ガリレオ"シリーズ第5弾。
「容疑者Xの献身」まではほぼ文庫版の発売と同時に読んでいたのだが、なんとなく満足してしまって、10年以上間をあけてしまったようだ。
第4弾を飛ばすことになるが、単行本は同時発売だったはずだし、長編を読みたい気分を優先させた形。
主要キャラクターに内海薫が加わっていたり、なんとなく草薙が湯川と疎遠になっていたりと、間の短編も読んでおいたほうが良かったかな、と思う部分もないわけではないが、やはりキャラクターが強い。
気が付いたら読み耽っていて、あっという間にブランクを忘れさせてくれた。
著名なパッチワーク作家である真柴綾音と、IT会社の社長・真柴義孝夫妻は、子供ができないことを理由に離婚することが決まっていた。
とある日、綾音の弟子・若山宏美は、コーヒーに混入した亜ヒ酸を飲んで死んでいる義孝を発見。
薫は、状況から綾音が犯人であると疑いを持つが、綾音は事件当時、北海道に帰省していて確固たるアリバイを保有。
草薙が綾音に好意を抱いてしまったこともあり、何が何でも第三者の犯行であることを証明したい草薙と、毒を混入させるためのトリックを解明するため湯川に協力を求める薫の双方の視点で、物語は複雑に絡み合っていく。
冒頭で綾音が義孝への殺意を仄めかすシーンが描かれており、「容疑者Xの献身」同様、"犯人当て"ではなく、”トリック当て"に全振りしたミステリーであると言えるのだが、物語を読み進めるにあたって、動機を巡る人間関係であったり、湯川曰く"虚数解"であるトリックの立証方法であったり、ハウダニットを考察する面白さだけに留まらず、次々と伏線を回収していくプロットは圧巻。
物理学を取り入れたミステリーにおいて、人間を鮮やかに描くのも、ガリレオ長編のお約束となりそうだ。
振り返ってみると地味な事件に映るのかもしれないが、読んでいる間、そうとは思わせない展開の上手さや、登場人物の心情の機微。
タイトルの意味を知るラストシーンは、鳥肌が立つほどで、ドラマ化の熱もすっかり冷めた中ではあるが、改めて未読のシリーズ作品にも触れておこうと思わせる1冊であった。
【注意】ここから、ネタバレ強め。
真柴義孝のスタンス、10年経った今となっては大炎上だろうなぁ、と思いつつ、彼がモテるのも何となく納得してしまう。
綾音が多少完璧すぎるきらいはあるも、極端な悪人が登場せず、極端な善人ばかりでもなく、それでも登場人物が勝手に想像の中で歩き回るぐらいに人間性が描かれているのだ。
レギュラーたちもその辺りが立体的になった印象で、草薙と薫の意見の相違など、真相に迫る前段階で既に面白いのだもの。
もっとも、トリックの実現性については、確かに賛否両論はあるのだろう。
湯川をもってして、"虚数解"と言うしかないほどに現実性を欠いている。
ただし、きちんと決着させた点については評価したい。
可能性としては示唆されるが、立証できずに真実は闇の中...…という終わり方もできる内容だ。
それを崩す決定打となったのが、草薙にとって綾音に惹かれるきっかけになったであろうエピソードに関係しているのだから、なんとも熱い展開である。
なお、薫がiPodで福山雅治を聴いているのは、ドラマのヒットがあればこそのユーモアで、思わずニヤリとしてしまう。
勝手に、ドラマ化にあたって強引に追加されたご都合主義的なキャラクターかと思っていたのだが、彼女が加わったことで警察内部にもドラマ性が生まれ、ますます魅力的な作品になっていた。
ドラマオリジナルのキャラクターとせず、作品内に正式に取り込んでこのクオリティを維持する著者の柔軟性と発想力。
語彙に乏しいので、さすがだ、意外の言葉が見たらないが、感服である。