ぱ た
和室へ机を置いて
座布団の上でかじりつくような
書斎を持ったことがある
机の向こうは障子二間
申し訳程度の縁側に
くもりガラス
開けるとそこには
縁側と同じだけの
庭があり すぐに
隣家の塀が迫っていた
縁側にさえ出ることは
ほとんどなかったけれど
いい明かりの部屋だった
私はそこで
本を読んでは眠気に呼ばれ
詩を書いては眠気にしたがい
実によく眠った
仰向けに倒れると
湿った八畳が
ひっそりとしている
そうして寝ている私の許へは
いろんな音がやってきた
ときおり静まり返るその部屋で
私の息の出入りするのや
胸の脈打つのも聞いた
耳の中でセスナが飛び
海が騒ぎさえする
それすら止んで
浮遊するような静けさに
ぱ た
何かの落ちる音がする
するたび
誰か居るのかと
顔上げて
居間を見やると
誰もいない
何が落ちたという気色もない
すぐにいろんな音が
戻ってくる
*
目が覚めると
同居の友人が
帰っていて
私は蓑のような書斎から
這い出ていく
台所には
糸のような脚の蜘蛛がいた
食卓で
はぐれた蟻が興奮している
疲れた友人は旅人のようだ
大きな古いスピーカーで
オーケストラが鳴っている
もうひとりの友人が
帰ってくる
私は直前に見た
虫の話をした
床を這うホクロのような小さい虫
特徴からして
コクゾウムシという
米櫃に湧く虫らしい
いったいどこから
(卵が元々紛れているのか?)
(そうだろうね)
(じゃ 一面真っ白でも
孵っていないだけかもしれない)
(そうかもしれない)
(米か卵か不明なままで
どうするのだ)
(あまり 考えないことだ)
ほくほくに炊かれた米に
卵が混じっていたら
むしろ 栄養が豊富だろうか
*
眠剤のような詩を書いて
ぱったり横になると
コクゾウムシが歩いていた
ずいぶん遠くへ来たものだ
山のような畳の目を越えて
コクゾウムシはいく
やあ 君は暮らしの友だ
それとも
産まれたはずの仲間を
食ったとして
文句をぶつけにきたのだろうか
ぱ た
じっと見ている私の前で
コクゾウムシは転んだ
いぐさの谷にわしゃわしゃと
ひっくり返ってわしゃわしゃと
足掻いている
じきにいぐさへ足がかかり
元のとおりに向きなおると
またぞろ歩きだす
彼が転んだそのとき
確かに私は聞いたのだ
あの音は
硬い背中から
落っこちる音だった
*
ねぼけたまどろむ世界でひとつ
あの音が鳴るたびに
暮らしの友があがいている
その速度
私はまどろむばかりである
のっそりのっそりのろくなる
もしか
転ぶまぎわの永遠か
いのちがうんと遠のくようだ
背中から落っこちて足掻くような
爆発の火種が
私にもあるだろうか
眠たいことを書きつけては
暮らしの友が耳の中で転ぶ
その音で私はいまも
眼が覚める
暮らしの音は
わしゃわしゃと
わしゃわしゃと
「生きろ。そなたは美しい」