#SF小説
【短編小説】魂税が徴収される日
平和で平穏な世界だ。
これがすべてを権力に明け渡した末路。
ピコンと小気味良い音が俺の体内に響く。
この「ピコン」という音は課税された合図で、課税対象は「末路」という言葉を頭の中で思ってしまったことだ。
もう俺には何も無いから、いくら課税されようがどうでも良かった。
ただ、どうしてもこの平和で平穏で、平板で、無味で、グロくて、監獄のようなこの世界について考えずにはいられなかった。
【小説】うつせみの代わりに 最終話 うつせみの代わりに
「ぎゃー!」
ひかるの叫び声が耳をつんざく。
ひかるにとっては僕が消えた瞬間にまた出現したのだから当たり前か。
ひかるに色々説明するのに朝まで掛かった。あごひげのことは残念だったが、ひかるに「AIだからもう会う気が無いらしいよ」とも言えず。僕は選ばれし存在ゆえに奇跡的に戻ることが出来たのだ、ということにしておいた。
実際僕はログアウト世界を体感したことでこの世界の見え方や感じ方、捉え方が
【小説】うつせみの代わりに 第10話 ログアウト
ログアウトというのはこの世界との接続を切る、ということだろう。
ウインドはひかるには見えていないようだ。
ひかるを部屋に上げると散らかってるのが気になった。片付けたかったがもうひかるに見られたわけだしまあいいかと居直った。
ひかるはキョロキョロ部屋を見回しながら泣いている。
ひかるにログアウトの表示について伝えた。ログアウトを許可すればいつでも消失することができるようだと。
辞世の句を
【小説】うつせみの代わりに 第9話 文月と霜月
「霜月朝陽さんですか?」
50歳くらいの男が話掛けてきた。家の前で待ち伏せされ、名前までバレている。逃れられないだろう。店長側の人間か。
僕が警戒しているのを悟ってか、その男は名乗る。
「失礼しました。私は文月源太郎と言います。君と同じ境遇の者です」
先ほどサンセットムーンライズでチャーミーが言っていた名前だ。
「今君はとても危険な状態なのではないですか?弾丸が込められ、トリガーが弾かれよう
【小説】うつせみの代わりに 第8話 文月源太郎
あれから何年経ったのだろうか。
あの日私は生きるために必要なものを失った。
諦めや逃げ。それらが私の中にあった魂の熱量のようなものを奪い去ってしまった。そのおかげで私はいまだにこの世界に存在していられる。だが今ここにいる私は、果たしてかつて魂がたぎっていた頃の私と同一人物なのだろうか。
共に同じ時代を生きていたはずの私と同じ顔同じ名前の彼。会うこともなくこの世界を捨ててしまった彼が、もしふ
【小説】うつせみの代わりに 第7話 探偵マリスとその助手チャーミー
あごひげが消えてから1週間後。サンセットムーンライズで探偵の男とその助手の女に会った。
助手の女はかなり若く見え、女子高生と言われたら信じてしまうだろう。化粧気がなく髪型が幼い印象を際立たせている。15歳にも見えるし、25歳と言われたら信じるだろう。不思議な雰囲気の女だ。
助手の女は僕たちの会話をメモっているのかと思ったが、探偵にメモ帳を見せ「落書きしないで」とその都度たしなめられている。な
【小説】うつせみの代わりに 第6話 サンセットムーンライズ
ひかるからの通話履歴が何件も届いているのに気付いたのは昼休みに入る直前だった。
僕のただならぬ雰囲気を察知した伊藤先輩が「どうした?」と声を掛けてくれた。それに対してなんと返事したかはもう覚えていないが、すぐに会社の外に出てひかるに通話をした。何が起きたのかはすでに分かっていた気がする。答えを確かめるためと、ひかるを落ち着かせるために通話をしたのだ。
「ひかるさん?」
「あっくんが………」
【小説】うつせみの代わりに 第5話 現場へ
メガネと連絡が取れなくなって1週間が経った頃、店長から「住所を教えるから見てきてくれないか」と打診された。
哲学カフェの予約時に参加者は住所と連絡先を記載していたのだ。メガネは「哲学ゾンビ」という名前で予約したらしい。ちなみに僕はそのまま「朝陽」で予約した。
メガネが嘘の情報を書いていたら意味は無いが、住所を検索すると実在する建物だった。メガネは東武東上線の朝霞駅付近に住んでいるらしく、行く
【小説】うつせみの代わりに 第4話 哲学カフェにて
サンセットムーンライズに到着し、入口で予約名を告げる。
受付の店員が僕の顔をまじまじと見つめ険しい顔をしながら予約表をチェックした。
店内は少し騒がしく、男2人が大きめな声で話している。驚きと喜びが混じったような声だった。
「マジでこんなことあります?!」
「いやー信じられないねー」
店主と参加者に挨拶しようとお店の奥に進むとその2人は居た。
「あ」
3人同時だった。もう「あ」としか言い
【小説】うつせみの代わりに 第3話 霜月朝陽3
今日は最悪の日だ。
仕事でミスをした。小さなミスなのですぐに挽回出来たが、ミスのイライラが尾を引いたのか同僚のふとした態度が気に食わず、それが表情に出てしまった。あっ、と思ったが時すでに遅く、少し険悪な感じになってしまった。
この同僚は前々から所作や考え方の点でまったく反りが合わなかったのだが、その積み重ねもあってか僕としたことが攻撃的な面が出てしまった。
周りの人たちにも気を遣わせてしま
【小説】うつせみの代わりに 第2話 霜月朝陽2
不思議な夢を見た。起きてからも夢の内容を忘れることが無かった。
それは僕が2人の男と「AIについて」というテーマで話し合っている夢だ。3人はそれぞれ知り合いという感じではなく、初対面同士という感覚まで覚えている。
2人とはすごく話が合うので、友達になって欲しいとすら思ったが、そこで目が覚めた。
AIについては物申したい部分が少なからずある。恐怖をあおる記事が閲覧数を稼ぎ、AIに職を奪われる
【小説】うつせみの代わりに 第1話 霜月朝陽1
ほどなくして、夢を見ていると気付いた。
3人で何か言い合っているようだが、他の2人は見覚えがない。だけど何故かすごく彼らのことを知っているような、変な感覚だった。
話し合っている内容も支離滅裂だが、僕たち3人はとても大事なことを熟議していた。自分自身の存在を懸けているような、そんな話し合い。
スマホのアラームで目が覚めると、先程まで見ていた夢の内容がすでにおぼろげだった。朝の慌ただしさと