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中華料理店の回転テーブルの起源

回転テーブルは、中華料理店でお馴染みだ。個室とかにはよく設置してあって、大皿の料理が載る。人々は、好きな料理が自分の近くに来るようにテーブルを回し、取り分け用の大きな箸を使って自分の皿に取る。いかにも中華料理店っぽい風景だが、意外にもこの回転テーブルは中華料理の伝統にはない

その起源はどこにあるのだろうか?二つの説が見られるが、どちらも20世紀になって中国生まれではない人によって発明されたという点は共通している。一つ目の説は日本、もう一つの説はマレーシアだ。そして、後者の方が先だ。


日本起源説 (1932年)

日本起源説は1932年、目黒雅叙園の創設者である細川力蔵の考案によるというもの。この説を詳しく説明しているものは、TABIZINEというサイトのページが見つかる。ただし目黒雅叙園自体は、現存する最古の回転テーブルがあると言っているだけで、目黒雅叙園が発明したとは言っていない。

その発明のきっかけは、「席に座ったまま料理をとりわけ、次の人に譲ることができないか」という「おもてなしの心」と書いてある。いかにもいまの日本人心をくすぐる、人口に膾炙しやすいストーリーだ。そういうよくできたストーリーは、どこか怪しいと疑ってかかるものだ。

閑話休題:回転テーブルそのものの起源 (1313年/1732年)

もう一つの起源の話の前に、料理店に限らない回転テーブルの起源の話。それは、中国元朝の時代の王禎 (Wang Zhen)という人が書いた『農書』(1313年)という本のなかにあるという。

この人物は農学者なのだが、活版印刷も手掛けていた。漢字での活版だから、木活字は数多くある。そこで多数の活字を並べ、使いたいときにたやすく手元に取ってこられるよう、回転テーブルを発明したようだ。

Daniel Gross, "The Lazy Susan, the Classic Centerpiece of Chinese Restaurants, Is Neither Classic nor Chinese"より

料理店以外での、こうした小物を置いておく回転テーブルはヨーロッパでは家具の一部として存在するようだ。英語ではLazy Susan(怠け者のスーザン)という。Susanは20世紀初頭のウェイトレスを指す一般名で、回転すれば取れるからウェイトレスは楽ができる、といった発想で付けられた名前だろう。このサイトによると、Lazy Susanの初期形態は1732年のイギリスの雑誌にすでに見られるという。

マレーシア起源説 (1915年)

マレーシア起源説、とするのはやや正確ではないかもしれない。マレーシア人(イギリス人)による中国での発明だ。マレーシア(当時のイギリス領マラヤのペナン島)出身で、中国で活躍した伍連徳 (Wu Lien-The; 1879-1960)という人が考案したという話だ。

この人物は医者、とりわけ感染症の専門医だ。20世紀初頭、中国でも流行していた結核の防疫に取り組んだ。伍は、大皿に盛られた料理をみんなが自分の箸で取って食べている光景(日本だと「直箸(じかばし)」とかいうか)が感染症を広める一因ではないかと考えた。ある人の唾液に含まれる病原体が、箸・大皿を介して他の人に移るのではないかと。そこで、大皿に対しては取り箸を設け、テーブルは回転して皿が取りやすいようにした、と。近代的な公衆衛生の観点から、感染症予防のために発明されたものだ。いまでいうと、飲食店における席の間のアクリル板と同じ発想だ。

伍その人が取り組んでいた結核は唾液でなく空気で感染するので、あまり回転テーブルは意味がない。そうしたツッコミは置いておくとして、この回転テーブルは1917年の広東での公衆衛生会議で見られたという(以上の記述はDaniel Gross, "The Lazy Susan, the Classic Centerpiece of Chinese Restaurants, Is Neither Classic nor Chinese"による)。だから、明らかに目黒雅叙園よりは前である。

こちらの伍の話があまり知られていないのは、最近になって発掘された話題だからだそうだ。台湾の医学史研究者の雷祥麟(Sean Hsiang-lin Lei)という人の業績らしい。文献情報はLei, Sean Hsiang-lin, "Hygiene, History of Body, and Identity: the Case of TB and Lazy Susan in the Republic of China Era" in Ping-Yi Chu (ed.), Health and Society, Taipei: Linking, 2013とのこと。ただWeb上からは存在が確認できなかった。

伍の話を扱ったものは、日本語ではほとんど存在しない。清潔と衛生についてのTokyo Collegeの動画がほぼ唯一で、私もここから知った。面白いと思ってちょっと調べてたら、あまりに日本起源説が流布しているので、こうして記しておく次第。

後記。本件の情報は下記に詳しい。岩間一弘『中国料理の世界史』、慶應義塾大学出版会、2021、pp.514-517.

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