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小説

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#自由詩

三千世界の私を殺して

海辺を逍遥している時だった。久しぶりに匂いを感じた。日焼け止めと、乾いた塩の香り。それが嬉しくて、十一個目のピアスを外して飲み下した。月のない星空。真っ暗な砂浜。数メートル先にぼんやりと佇む影を見た。K君の幽霊だと思った。月世界に行ってしまったK君を想い、もう少しでコンバースに触れる距離にうち寄せる波に一歩足を踏み入れた。海は海であることを強要されていた。私であろうとしたゆえに味わった苦しみを思い

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機械人形の贖罪

錯雑としたおもちゃ箱をひっくり返したような町並みを抜け、砂浜に出た。乳白色の月明かりが照らすのっぺりとした海面。緩やかな波が慎ましく白浜を濡らす。高密度のかき氷みたいな砂の上を歩くたび、ぎゅっ、ぎゅっと音がした。侘しさすら感じなくなった僕は、海と浜の境界をおぼつかない足取りで進む。遠くにぼんやりとうかぶ小さな漁港は心許ない灯りのもと、ぽっかりとあけた口を静かな海に向けていた。随分まえに通り過ぎた居

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仮面

うだるオレンジに包まれた緑の海。
湿り気を帯びた夏の風に漂う緑の肌の腐臭。
吐き気を催すほどの蝉の声。
終わらせるべきだったのだろうか。
あの日、あのゲートボール場で。
否定の中を生きてきた。
否定され続けるのが怖くて、必死に仮面を被り続けた。
そのくせ僕も心の中で、全てを否定した。
僕を否定し続ける世界は、否定し返してやるのが一番楽だった。
でも同時に、受け入れられることも望んでしまった。
だか

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