仮面
うだるオレンジに包まれた緑の海。
湿り気を帯びた夏の風に漂う緑の肌の腐臭。
吐き気を催すほどの蝉の声。
終わらせるべきだったのだろうか。
あの日、あのゲートボール場で。
否定の中を生きてきた。
否定され続けるのが怖くて、必死に仮面を被り続けた。
そのくせ僕も心の中で、全てを否定した。
僕を否定し続ける世界は、否定し返してやるのが一番楽だった。
でも同時に、受け入れられることも望んでしまった。
だから大量の仮面を作った。
どれも、本当の僕ではなかった。
僕は僕自身すら否定し、僕の仮面の奥底へと封じ込めた。
誰にも見られないよう、気づかれないよう。
僕ですら、見ないよう。
仮面によって築き上げた僕は、僕自身にも仮面を被った。
それは世界を嘲笑うように、全てを無意味と捉えるようにと常に唱えていた。
いつの間にか、自分自身を否定し、自分自身にすら嘘をついていることも忘れてしまった。
でも14歳のあの夏、僕はそれに気づいてしまった。
最初から終わらせる気などなかったんだ。
終わらせる気があったのなら、あんなにぼろぼろのベルトなんて使わなかった。
負担をかけないようにとゆっくりビールケースから降りるなんてことしなかった。
金具が外れ尻を打ちつけ痛みに悶える姿を晒すところまでわかっていたんだ。
だから、あんな人気のないゲートボール場を選んだんだ。
僕が抱いて、実行して、かなえることのできる初めての自由意志だった。
そんな僕まで、僕は否定した。
もう一秒足りとも地獄にいたくないと思っていたのに、自ら地獄に戻ることを選択した。
僕は気づいた。
今までだってどれだけ僕が自分を否定してきたか。
人や環境によって仮面を使い分け、あまりに増産しすぎたそれは僕の意思とは関係なく、一人でに言葉を語り、ものを考えた。
僕は僕がわからなくなった。
今僕のこの行為を否定したのは、本当の僕の望みだったのだろうか。
それとも僕に食い込み共存する仮面の中の誰かの願いだったのだろうか。
それすらわからなかった。
また、あの仮面の声が聞こえてきた。
世界を嘲笑ってやれ、全ては無意味だと思え。
そして僕はまた、大切なことに向き合う前に目を逸らした。
僕はその声に心を委ねた。
僕の世界は色をなくした。
味をなくした。
匂いをなくした。
あれ以来、ただ過ぎていくのを待った。
全てに対して気力が湧かなかった。
気休めの安らぎのために身体を傷つけても、それは本当に短い間の気休めにすぎなかった。
地震が来るたびに期待した。
僕は僕自身の手で終わらせる気力さえ失い、大きな力が前触れなく僕を破壊することだけを待ち焦がれ、生きた。
それは本当に無意味な延命措置だった。
再び自分に手を下そうともしなかった。
怖かったんだ。
どれか定かではない僕が、また地獄に留まろうとすることが。
あの日、残酷なまでに克明に僕に突きつけられた事実を、再び直視することが。
見たくない。聞きたくない。気づきたくない。
僕がどれだけ大切なものを、見て見ぬ振りして忘れようとしているのか。
環境が変わった今でも、どこからともなくあの海の腐臭が漂ってくる。
影のように僕に張り付いたあの町。
僕の過去。
全てから逃げ、別人になりすまそうと必死で生きたこの街で、いまだにあの匂いが鼻をつくことがある。
ガス抜き感覚ですっかり習慣になってしまった太ももの傷は、いまだに絶えることはない。
どこにいても影がついてくるなら、一層のこと影のない暗闇に行けばいい。
それほど楽なことはない。
でも、この無意味な延命措置の果てにたどり着いたこの街で、僕はあまりに光を見過ぎてしまった。
仮面を被っていることへの罪悪感を抱くようになった。
仮面を破棄したいとまで思うようになった。
どんな夜道でも、少なからず光源は存在する。
それがどれほど頼りのない光でも、それは僕が確実に夜道を歩んでいる感覚を与えてくれる。
同時に光源があるということは、必ず影もくっついてくる。
それでも少し、本当に少しだけど、まだ暗闇に行きたくないと思った。
それがいまだに仮面を被り続けている僕の中にいる、何人かのうちの一人の気持ちなのか、はたまた、仮面の奥にいまだに存在する本当の僕らしき存在の気持ちなのかは分からない。
僕が見ないようにしてきた、それでも殺しきることもできずただ奥底にしまい込んできた、もう色や形も忘れかけている僕の気持ちかもしれない。
今はそんなことはどうでもいい。
ただ、暗闇に行くのはまだ少し後でいい、この気持ちだけは失わないようにしておこうと思った。