IchigoJam開発者と教育の未来を考える〜SAJ「ワクワクする学びの場創造研究会」2024年度第3回レポート
一般社団法人ソフトウェア協会(SAJ)の「ワクワクする学びの場創造研究会」による2024年度第3回目の会合が2024年12月11日(水)にオンラインで開催されました。本研究会の目的は、「ワクワクする学びの場」について開かれた対話の場を創出すること。3ヶ月に1度、メンバーとSAJ会員からの参加者が情報交換を行っています。今回はゲストにSAJの理事でもあり、株式会社Jig.jp取締役 創業者 福野泰介氏を招いてお話を聞きました。
[2024年度の開催レポート→第1回、第2回]
[2023年度の開催レポート→第1回、第2回、第3回、第4回]
[2022年度の開催レポート→第1回、第2回、第3回、第4回]
「IchigoJam」の開発者が子ども向けプログラミング教育を語る
ゲストの福野泰介氏は、子ども向けプログラミング教育の世界ではよく知られるシングルボードコンピューター「IchigoJam」の開発者でもあり、早くからプログラミング教育に関わってきました。同研究会にはプログラミング教育を事業のひとつとする企業からの参加者も多く、必然的に関心が高まる回となりました。
<2024年度第3回研究会参加者(敬称略)>
研究会メンバー:中村⿓太(研究会主査/サイボウズ株式会社)、丸尾周平(トレンドマイクロ株式会社)
参加者:次の所属のみなさん。日本事務器株式会社、株式会社内田洋行、リバティ・フィッシュ株式会社、セイ・テクノロジーズ株式会社、株式会社Globable、株式会社神戸デジタル・ラボ、株式会社Nex-E、キンドリルジャパン株式会社、株式会社C60
福井県鯖江市を拠点にソフトウェア開発を継続
福野氏がプログラミングと出会ったのは小学生の頃に買ってもらったパソコンMSXがきっかけでした。これでBASICのプログラミングに親しみ福井工業高等専門学校に進み、卒業後に起業して以降、福井県鯖江市を拠点にソフトウェア開発に携わってきました。2003年に3度目の起業となったのが現在取締役 創業者を務める株式会社Jig.jpで、鯖江市に本店を置いています。
オープンデータにも早くから注目していて、2010年には全国に先駆けて鯖江市のオープンデータ都市化を支援したり、コロナ禍にはオープンデータを可視化した新型コロナウィルス対策ダッシュボードを開発して経済産業大臣賞を受賞したりと、オープンデータを活用したさまざまな開発を続けてきました。
そんな福野氏が課題に感じているのがオープンデータを生かせるアプリ開発ができる人材です。「全ての地方にある宝は何かというと、やはり子どもです。優秀な人材が東京に集まっているとよく言われますが、その優秀な人材も元はと言えばどこか地方にいたわけです。その地方にいる子供たちに、もっと地方で活躍してもらいたいと考えています」。
福野氏は2012年には子ども達がタブレットでプログラミング体験ができる環境を開発していましたが、当時の状況では高価なタブレットがなければ体験できないことが課題でした。そんな中、ちょうど発売されたシングルボードコンピューターのRaspberry Piにヒントを得て、さらに安価で簡単にプログラミングを体験できるシングルボードコンピューターとして「MSXのようなBASICマシンを作ろう!」と開発したのが「IchigoJam」でした。
IchigoJamは完成品でも販売されていますが、自分でハンダ付けして組み立てるキットとしても販売されているのが特徴で、電子工作の体験にもなります。また、インターネットにつながらないので他に余計なことができないという点や安価なことなどから家庭でも購入しやすいのではないかと福野氏は考えています。
なお、今ではウェブブラウザ上でIchigoJamと同様のプログラミング環境を利用できるIchigoJam webも公開されています。
IchigoJamのプログラミング教育で気付いた一斉授業の弊害
福野氏は、鯖江市の全12小学校でIchigoJamを使ったプログラミングの授業を実施していますが、その中で一斉授業ではうまくいかないということを実感したそうです。例えばLEDを1回光らせるプログラムを全員で書いて、「2回光らせるにはどうしたらいいでしょう?」と投げかけるだけでも、足並みがそろいません。すぐに出来る子は飽きてしまうし、時間がかかる子は「私には向いていない」と思ってしまう可能性があります。
「学校のプログラミング教育で一番やってはいけないのは、“自分は向いてないんだな”と思わせることです。嫌いにさせてはいけないと思いました」と福野氏は振り返ります。そこで、今ではペアでチュートリアルを確実にこなせるスタイルにして、“できた”ということを体感できるようにしています。こだわったのは、「全員が達成できて、100%楽しいこと、かつ、誰もが教えやすい」内容です。授業以上のことをやりたいという子ども達には、学校のクラブ活動を勧めています。
プログラミングの授業を受けた子ども達のアンケート調査を見ると、満足度が高く、授業を通じてプログラミングを楽しく体験できていることがわかります。
般的に、子ども向けのプログラミングツールはブロック型のビジュアルプログラミングのタイプが多いのですが、BASICは英数字で入力しなければいけないテキスト言語です。日本の子ども達にはハードルが高いようにも思えますが、大文字だけで記述できて命令が短いことに加え、一般的なプログラミング言語の学習に移行しやすいということがメリットだと福野氏は説明します。
小学校だけでなく、2023年に開校した話題の神山まるごと高等専門学校(徳島県)の技術教育統括ディレクターを務める福野氏は、同校のIT集中講義でもIchigoJam使用しているそうです。
子ども向けの教育で終わらず地域のリアルな課題解決につなげる
福野氏は学校教育だけでなく、「IchigoJamによる総合的な人材育成」を目指しています。小学校で興味を持った子どもたちが、地域でプログラミングを続けられるよう「PCN(プログラミング クラブ ネットワーク)」を開設して全国にネットワークを広げ、チャレンジの場として「PCNこども プロコン」や地域に根ざしたロボコンを実施して、子ども達がプログラミングに親しめる場や機会を積極的に作っています。
さらにその先の場として、シビックテックの団体「Code for FUKUI」を立ち上げて、オープンデータを活用したアプリ開発による地域の課題解決を促進しています。また、開発者の発表や交流の場である「サイバーフライデー」を毎月実施しているところです。「こうした場で練習していけば、将来起業するとか、スタートアップを作るイノベーターになってくれるだろうと考えています」。
既に、PCNの1期生がJig.jpに入社して活躍している例もあるということで、地域の人材育成のエコシステムが出来てきています。
GIGAスクール構想が目指すのは新しい学びの姿
福野氏は、文部科学省が推進する1人1台のコンピュータや高速ネットワークを整えるGIGAスクール構想の趣旨を次の図の通りまとめ、「GIGAスクールというのは、ソフトとハードと指導体制の三位一体で実現するものであり、個別最適化された学びというのは、今までの一斉授業との決別です」と説明しました。いわば学び方の大変革であり、福野氏もこれを実現したいと考えていて、「学びの主体を子どもへ」と呼びかけました。
福野氏のお話には、地方が拠点であることや、プログラミング教育を軸に地域のプログラミング活動の場やシビックテックのコミュニティ形成にまで取り組んでいることなど、本研究会の参加者にとって大きな刺激や参考になることがたくさん含まれていました。参加者からも積極的な質問や共感の声があがり、新たなつながりも生まれそうです。
次回2024年度第4回研究会は3月に開催
次回、2024年度第4回の「ワクワクする学びの場創造研究会」は、2025年3月12日(水)に開催します。SAJ会員の皆さんで関心をお持ちの方はぜひご参加ください。
[前回までの研究会レポートも合わせてご参照ください]→2022年度:第1回、第2回、第3回、第4回、2023年度:第1回、第2回、第3回、第4回、2024年度:第1回、第2回