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「葬送のフリーレン」の男キャラの人間関係に対応するスキルとケア能力は、超人的である。

「葬送のフリーレン」を読み返したら、シュタルクやザインに対するフェルンの態度が余りに理不尽で我儘なのが気になった。
 フェルンのシュタルクやザインに対する態度は、↓に書いた究極の甘えだ。

「相手に一切気を遣わず、好き勝手にふるまう」のは、一緒にいる相手に対する究極の甘えであり、女性に限らず、いい大人がこういう態度を取る時は、「相手は何をしても許してくれる」という確信がある時だけだ。
 男に例えると、よく批判の対象になっているのを見かける「外では愛想がいいのに、家族の前では不機嫌になる男」が近い。

「不機嫌や無視で人をコントロールしてはいけない」とよく言われるが、フェルンは「家族に感情や機嫌をモロに出す甘え」をそのままやっている。

 人間関係は相互作用を長いスパンで本人同士が判断するものなのでそれだけをとって悪いとは言えないが、それを鑑みてもフェルンのシュタルクやザインへの言動はひどい。
 特にシュタルクへの態度は、もう少し怒られてもいいと思う。

 フェルン・シュタルクの関係に限らず、「葬送のフリーレン」の主要キャラの人間関係は、理不尽なほど鈍感で無神経、もしくは我儘で横暴な女性キャラの言動を、とてつもなく寛容な男キャラがごく当然のように「そのまま受けとめる」という構図で成り立っている。
 読み返すとヒンメルだけではなく、シュタルクもハイターもザインもすさまじく器がデカい。
 彼らはフリーレンやフェルンの無神経だったり理不尽な言動を、咎めることなく受け止める。

 四人で流星を見ている時にフリーレンが面と向かって暴言を吐いて、アイゼンがそれを咎めたために空気が悪くなるシーンがある。

(引用元:「葬送のフリーレン」2巻 山田鐘人/アベツカサ 小学館)

「同じ時を生きられない」という事実を一人だけ背負っているフリーレンが「時間の無駄」「すぐ死んじゃうでしょ」「そういうものだよ」と思う気持ちはわかる。わかるが……面と向かって言うことはないだろ
 だがハイターもヒンメルも怒るどころか不快だという素振りすら見せず、全力で場を和ませる。

 作中で「鈍感」「子供」扱いされているシュタルクでさえ、理不尽なまでにわかりにくい「察してちゃん」なフェルンと、面倒臭がらずにきちんとコミュニケーションを取ろうとしている。
 シュタルクは作中では「戦闘能力は高いが日常生活ではガキ(ポンコツ)」という扱いだが、ヴィアベルとすぐに意気投合したり、自分より年上のゲナウの自己嫌悪に

(引用元:「葬送のフリーレン」8巻 山田鐘人/アベツカサ 小学館)

的確に言葉をサッと返したり、むしろ対人関係の技術は馬鹿高い。
 十八という年齢を考えれば驚異的だ。(フェルンはメトーデと、無言でフリーレンを取り合っているし……)

 ↑の記事ではザインを例にあげたが、「葬送のフリーレン」の男キャラの人間関係に対する機微の察知能力とケア能力は飛び抜けている。
 マハトに毛が生えた程度の自分から見ると、超能力にしか見えない。
「これが人間(標準)である」と言われるとキツイ。「人間」のハードルを上げないでくれ……orz

 男キャラたちは、フリーレンやフェルンの態度は甘えであり自分たちがそれを一方的にケアしているという感覚がまったくないように見える。そもそも二人の態度が「甘え」だと認識しておらず、「ちょっとした性格の癖」くらいに捕らえているのではないか。

 男向けの創作の傾向のひとつとして(特に恋愛が絡む場合)女性キャラの「甘え(横暴さや神経を使わないこと)」を男キャラが際限なく許すというものがある
 以前からこのパターンがけっこう不思議だったが、「葬送のフリーレン」を読んで、ひょっとして男キャラは女性キャラの「甘え(横暴さ)」を甘えと認識しないのではないか、という仮説が閃いた。

 フェルンとシュタルクの関係を見ても、シュタルクは「フェルンが不機嫌になったり、無視したりするのは、自分が鈍感で無神経だからだ(フェルンに原因があるのではなく自分のせいだ)」と思っている。
 ザインもフェルンの「相談」に対して「あいつはガキなんだ。察しは良くないぞ(シュタルクに主な要因がある)」という方向性で答えている。

 親しい関係の場合は甘えはお互いさまなので、本人同士が納得しているなら他人がとやかく言う必要はない。男が女性に甘えることだってもちろん(もちろん。二回言う)ある。
 ただ「女性→男」の場合、男側にそれが「女性側に原因がある→甘えである」という認識がなく、「女性の不機嫌・不幸そうなのは自分に責任があり、何とかしなくてはならないことだ」というマインドになっているケースがあるのではないか。(そしてザインとシュタルクのように、男キャラ同士はその認識を当たり前のように共有している)
 創作に限って言えば、このパターンは多い気がする。

「葬送のフリーレン」は、「甘えを受け止める男キャラ」が驚異的な寛容さと察して対応する能力があるから成り立つが、普通の話だったらとっくに全員逃げ出していると思う。

 基本的にこのパターンは「逃げ出すことも含めて萌え」なのでそれはそれでいいのだが、現実で考えれば余り健康的な人間関係ではない。(不健康だからいいんだよ、創作なんだから、と言われればその通りです、はい)

 フェルンも結局は素直にシュタルクに謝っているし、こういうところが可愛いんだろう。
 自分も何だかんだ、そういうところも含めてフェルンが好きだしな。(「むっすぅ」としないフェルンはフェルンではない←おい)


◆余談:ハイターについて

 ヒンメルのフリーレンに対する驚異的な寛容さの陰に隠れがちだが、ハイターも凄い。
 ヒンメルと違う点は、四巻で「私の心は子供の頃からほとんど変わっていません」「大人の振りを積み重ねてきただけです」と本人が言うように、ハイターはかなり意識的にこういう振る舞いを身につけてきたのではないかと思うところだ。
 ヒンメルが勇者を目指したきっかけが、ハイターに「偽物の剣を持っているから偽物の勇者にしかなれない」と言われたことだったり、寝坊したフリーレンに舌打ちしたりしていたところからも、本来はかなり皮肉な物の見方をする人ではないかと思う。

(引用元:「葬送のフリーレン」4巻 山田鐘人/アベツカサ 小学館)

 フリーレンに対してこういう特大の皮肉をサラッと言えるのが凄い。しかも笑顔で。
 
フリーレンもこの皮肉にサッと返しているので、何だかんだ結局は四人は仲間で分かり合っているんだなと思う。
 いい話である。

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