26/06/2020:『Self Control』
プールサイド 1
庭のプールでコーラを飲んでいたら、もう夕方になっていた。昔、家族でよく海水浴へ行った時に使っていた大きな浮き輪ベッド。芝生は割と綺麗に刈られているし、水面には目立ったゴミもない。
春学期が終わって、すぐに町に帰ってきた。友達はバイトをしたり、旅行をしたり色々と楽しそうな計画を立てていたが、僕は、
「うん、ゆっくりするよ。」
と、言っただけで、特に荷物も持たずに実家に帰ってきてしまった。
平日のこの時間、家族で夏休みなのは僕だけで、だから庭には僕一人で、周りには目立った出来事も転がっていない。
空は白とピンクが混じったような色だ。きっと後15分くらいでだんだん暗くなる。
大学生活は悪くない滑り出しだった。何より一人暮らしによって、完璧な自由とそれに見合う責任が、僕にとっては心地よくてクセになりそうだった。
本当に親しい友達は今の所、一人。
「俺はこんなシケたところは嫌だ。早く抜け出したいと思ってる。」
入学して早々、こんなことを言う奴だった。なんでこの大学に入ってきたのかと聞いてみたが、
「それは俺の知ったこっちゃない。」
と、突き返された。こっちのセリフだ、と思った。
僕の親しい友人はそんなやつだった。
・・・
大学 1
入学式でたまたま隣に座った彼は、とても髪が長くて、それを結ぶこともせず清少納言や紫式部のように、ただそのままにしていた。もちろん彼女たちほどは長くなかったけれど、胸元くらいまではあった。
「野生のシロサイがあと何頭生き残っているか、知ってるか?」
式が終わると無理やり喫煙所へ連れていかれた。そして僕はこのように絡まれていた。相手は初対面のロン毛だし、僕はシロサイのことはそれまであまり考えたこともなかったし、とても困っていた。
「密猟の目的は角だ。奴らはそのツノを切って売りさばく。今だにそれを煎じて飲むような人間がいるんだ。自分の爪を煎じて飲むほうがまだマシだ。」
彼はシロサイに対してかなりの愛情を持っていて、密猟に対して強い怒りを覚えていた。
「サイのツノは髭とか毛とか、そんなものの集まりなんだったっけ。」
と、つぶやいたのが間違いだった。
「お前とは友達になれそうだ。」
その日から僕らは友達になった。
・・・
プールサイド 2
白とピンクが混じった空は、シロサイの肌のようだった。彼らは白いからシロサイと呼ばれているのではなく、特徴である横に四角い口、つまりwideが聞き間違えられて、white rhino、シロサイとなった。それにはクロサイという三角の口をしたサイがいることが影響している。彼のこんな話を思い出した。浮き輪ベッドはちょうどプールの真ん中に浮かんでいたから、僕はまだ岸に着くまで寝ているしかなかった。
シロサイは、白くない。きっとグレーなんだろうけど、シロサイという名前が頭にあるから、素直にグレーとも言い切れないような気がする。白でもグレーでもない色、シロサイ色。
白とピンクが混じった空の色が、目の前に広がっていた。夏の夕方の風。それは昼の暑さを体が覚えている分、しっかりと全身を包み込む感じがあった。
「アフリカに吹く風もきっと、こんな感じだろうな。」
と、思った。
・・・
大学 2
髪が伸びるまでには時間がかかる。しばらく会わずにいた人間が、ロングヘアーになっていたりすると、「伸びたね。」と素直に言えるが、そのセリフは毎日一緒にいる人間には中々言えない。一方で、出会ったときには長かった髪がいきなりなくなって、丸坊主になっていた場合、「短くなったね。」などと悠長なセリフなんかは絶対に出てこない。だから、僕は言葉を失っていた。
彼は丸坊主になっていたのだ。
「夏休みにアフリカへ行くことにしたよ。シロサイの角を切ってくる。」
頭の中の方もおかしくなったのかと思った。正気の沙汰ではない。
「それは、今、僕に密猟宣言をした、ということでいいのかな。」
「違う、その逆だ。密猟させないために、事前に切り落としておくんだ。」
彼によると、密猟者たちはその乱暴な精神と方法によって、角を切り落とす際に、シロサイの命まで奪ってしまうらしい。その方が早くて簡単だからだ。殺して動かないようにしてから、切り落とせばいい。シンプルかつ合理的、残虐かつ非人道的。
しかし、国際自然保護団体および研究者のチームが、それに対抗するため、そしてシロサイを守るために、定期的に広大なサバンナの中で角の善良的切り落とし作業をしている。生息地域の保護区職員の協力をもってサイを安全に眠らせたり、目隠しをして彼らの角が切り落とされる様を見せないようにする。
その時、サイの目からは涙が流れるらしい。真っ黒な瞳から流れる涙。きっと人間の何倍も悲しく泣くのだろう。
彼は大学に入る前から現地の団体とコンタクトを取り続けていたらしく、この突然にして無鉄砲にも見える渡航は、実のところ、しっかりとした計画と信念を軸にした、満を持してのものだという。
「俺は、そのサイの涙を拭きにいくんだ。」
彼にはロマンチストで、理想家で、そしてどこか真っ直ぐなところがある。
「それはいいね。本当に素敵なことだと思う。」
坊主にした理由はわからなかったが、彼なりに思うことがあったのだろうか、ジャリジャリと頭を撫でながらタバコを吸い、ケータイでシロサイの写真を見ていた。
・・・
プールサイド 3
浮き輪ベッドがやっとプールの端っこまで着いた。15分が経とうとしていて、白とピンクの空はだんだん色が濃くなってきている。熱いシャワーを浴びて、ゆっくりビールでも飲もうかと思い、プールサイドに上がった。
昨日も今日も、そして明日も、僕はこうして夏を過ごし、そして夏が終わる頃にまた大学へと戻っていく。
小さくため息をつきながら、ケータイを拾うと、彼からメッセージが届いていた。
アフリカのど真ん中に電波なんて飛んでいるのか。僕はどれどれと開いてみた。
送られてきた写真には、アフリカの青い空の下で善良的な角の切り落とし作業をする人たちが写っていた。大きなチェーンソーをツノに当てている人、サイの脚や背中を優しく抑える人、銃を持ち周囲を警戒する人。そんな人たちの中に、真っ黒に日焼けした彼の姿があった。トレジャーブーツを履いて、カーキ色のシャツを着ている。
彼はサイの顔の前にしゃがみ込み、涙を拭っていた。
「本当に泣くんだ。」
涙を流すサイにも驚いたが、僕は彼の姿に釘付けになった。
彼は目の前のサイと同じくらい、涙を流していたのだ。
サイの目だけを見つめ、静かに寄り添うようにそこにいた。
僕はシャワーを浴びて、冷蔵庫からビールを取り出すと、もう一度プールサイドまでやってきた。
白とピンクの空は向こうに追いやられ、夜の雲が僕を覆い始めていた。
夜に追われた白とピンクが、そのままアフリカまで届くようにと少し願い、ひっそりと2つの涙のことを考えた。
・・・
今日も等しく夜が来ました。
廃退的な雰囲気が大好きです。
Frank Oceanで『Self Control』