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痕跡の町・龍野 – 過去へとつながる扉 | A Trace
私が暮らしている兵庫県たつの市龍野地区というところを、皆さんご存知でしょうか?
聞き馴染みがあるところからお話ししますと、
「〽︎素麺やっぱり揖保乃糸〜♪」のサウンドロゴでお馴染みの「揖保乃糸」を産んだ揖保川が南北に流れているところで、
知久寿焼さんが「〽︎きつね、たぬき♪」と歌う、うどんスープ粉末のCMソングでお馴染みのヒガシマル醤油の本社工場があるところ。醤油の香りが鼻をくすぐります。
グルメな方、お料理が好きな方にとっては
何よりもココが古くから京の和食の味を支えてきた
「うすくち醤油」醸造の聖地だとご説明申し上げた方が良いかもしれません。
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中でも私が移住した龍野伝統的建造物群保存地区は、
大きな川のそばに発展した城下町で、
醸造を中心とする産業で栄えた商家町でした。
交通の主役が水運だった頃は街道との要衝として発達した西播磨の経済の中心であった場所。
16世紀末までに城下に形成されたうねりのある町割が今でも残り、江戸から昭和まで様々な時代の建物が混在している、いわゆる古い街並みが広がっています。
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一方現在。
インバウンドインバウンド言われているのに、マジで人が歩いてません。
姫路には人がいるのに!
かつては醤油産業の隆盛は龍野芸者をつけた川遊び、お座敷遊びまでもたらしたのに、
播磨の奥座敷とまで言われた栄華の名残を残して、
今や鳥のさえずりと木々の揺れる音、たまに通る車の音が環境音と言えるぐらい静かに人が暮らしている、いわば関西の穴場だと言っていい場所です。
海外からの観光客にも、日本の観光客にも、姫路駅から電車に乗りさえすれば15分程度で行けるのに、その電車の本数が1時間に1本というアクセスの悪さ、渋すぎるといっていいほど枯れた風情等によって、まだ全然認知されていないとっておきのチルなスポットといって良いでしょう。
いいところなのに…。
戦災にも震災にも大きな被害を受けなかったこと、
また鉄道の発展が川を跨いで向こう側に起きたために都市開発を免れてきたこと、
そのまちの佇まいを残そうとした人がたくさんいたこと、
さまざまな要因が町の姿を変わらないものにしてきました。
それがとても奇跡的なことだということを、天災の無常を目にし、土地の上書きによって個性と履歴を失っていく場所を見て僕は実感します。
町並み保存でもう新しく3階以上のビルやマンションの建つことがないため、
鶏籠を伏せたようなふっくら可愛い形の山の麓に日本家屋の甍が並ぶ景観、
空と山川と瓦屋根のコントラストは、
江戸、明治、大正、昭和、平成、令和と時空を飛び越えて
この対比を昔の人も見てきたのかなあと確かに思わせる風情があります。
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さて、私は兵庫県神戸市から龍野にやってきて、
もうすぐ移住丸5年になります。
移住する2年ほど前から、フリーカメラマンの複業として、市の空き家バンク事業の業務委託を受けて、昨年まで民間で空き家相談センターを運営するNPOに参加していました。
(昨年、大人の事情で空き家相談センターは閉所。)
年間200件の空き家相談に乗り、年代は様々、もちろん歴史のある古い建物もたくさん見てきました。人が入らず、中の家具やモノはそのままに、時間だけが経過してタイムマシーン状態になった物件もありました。
自分が生まれるより前の世代が青春を過ごした部屋、そのポスターや机のシール、壁につけた傷や落書きに目を細めることも多々ありました。
阪神大震災のとき、私は地元の神戸市で被災しました。
あの大破壊の光景と、復興の30年を見て思ってきたことがあります。
それは日々の光景として、建物が取り壊されて更地になったときに思うことでもあるのですが、人は建物がなくなった時に、それがいくら日常的に目にしてきたものであっても、そこに何があったのか、どんな暮らしがあったのか、途端に忘れてしまう性質を持っているのではないかということ。
物理的に取り去られてひとたび実感を失うと、更新される日常が記憶と履歴を日毎にマスキングして、やがてそこになにがあったか忘れていく。記憶喪失になる。
それが良い悪いと言っているわけではないのです。
ただ、そうなのではないかと思うのです。
インターネットが普及した平成時代に、"Error 404"、
あるいは"404 not found"の表示を目にすることが多々ありました。
それはアクセスするアドレスが間違っているか、あるいはサイトが削除されたか、いずれにせよ、「存在しないページです」とサーバーが返す時に表示されるエラーメッセージでした。
リンク切れ。リンクを失った状態。その先の情報にはアクセスできない。
Web上の概念を日常で考えてみると、暮らしの中で目にする建造物群、中に入って感じる気配、見上げる柱の傷や壁の落書き、空間を構成するマテリアルの履歴が、過去時空へのアクセスを手助けするハイパーリンクとして、
物も言わずに開かれているのでないかと思うのです。
そういう意味において、私が龍野に面白さを感じるのは、
ここで往来してきたたくさんの人の気配と、
町が見てきた人の生き様、時空の奥行き、そして時間の経過を垣間見ることができるところ。
そして、それを後に残そうとしている人が多いところ。
調べてわかったのは特に明治、大正、そして昭和に生きた龍野人の生き様が興味深く、
彼らの来し方行く末の一部始終を知ることができるところにあります。
私は調べ物が大好きです。
大きく価値観が変化していく明治大正期に、人生を掴み取っていく市井の名もなき人々がどんな生き方をしてきたのか、どう壁を越えて何を成したのか、そしてそれがどのような影響を及ぼしたか。私の興味はそこにあります。
個々に濃い栄養分があり、時系列を整理して、そこに点と点をつなぐリンクが見えてくると、群像劇として朝ドラ級にアツイものがあります。
それをみなさんにも感じていただきたくなりました。
私たちがなんのけなく通りすぎる道端には、ものいわぬリンクが沢山貼られている。
痕跡と出会う面白さ
痕跡を辿る面白さ
痕跡を示せる面白さ
それが私の感じる、龍野の面白さ。
ただ通り過ぎるのではなく、過去時空のレイヤーを重ねて、そこから人文知へアクセスする旅になれば、
ただの観光ではなくそれぞれのインサイトと出会えるものになるのではないか。
長い前置きになりました。
現在進行形で調べている明治、大正、昭和の龍野人についての
痕跡から世界を辿るシリーズを" A Trace "というシリーズタイトルで
投稿していきたいと思います。
trace -
[名] 1.〔通例~s〕(人・動物などが)通った[存在した]痕跡
2. 出来事の痕跡 手掛かり,名残,跡,(災害などの)つめ跡,(犯罪などの)傷跡≪of≫
[動] 他〈人・動物などの〉通った[存在した]跡をたどる;他自(道などを)たどる,進む,歩く
他〈電話などを〉逆探知する
他〈所在不明の人・物などを〉探し[見つけ]出す;〈起源・原因などを〉突き止める,〈歴史・発展などの〉軌跡をたどる;自〈起源・原因などが〉(…に)由来する,(…まで)歴史を遡る(back)≪to≫
地域の歴史は、特定の土地に根ざした個別のものに見えて、実は世界と密接に結びついている。
人々の営みの積み重ねを辿ると、文化の交差点が垣間見える。そのようにして、社会の変遷をより深く理解できるのではないか。
過去の人々の生き様や社会の変遷を知ることで、現代や未来への洞察が得られるのではないか。地域の歴史は個別のものでありながら、普遍的な人間の営みの一部であり、そこから世界の成り立ちを読み解くことができるんじゃないか。
過去を掘り起こすことは、単なる懐古ではなく、未来を創造するための出発点。
歴史を知ることは、過去に縛られることではなく、未来を紡ぐことなんだ。
扉は常に開かれています──
(次回へ続く↓)
【告知】
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