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「岩手県営野球場」を貸し切ってみた。
ようこそ、風の世界へ
岩手の野球少年たちは、毎年7月の高校野球中継に夢中になる。
ここ数年はスマホを握りしめ母校の活躍や、スターの卵たちを目の当たりにすることもできるようになったが、10年前とかっていうのは、テレビの液晶の向こう側の世界だった。
とりわけ、夏の大会で自校が県営のクジを当てようものなら「白球ライブに映る!」と小躍りしたり。娯楽が少ない岩手では、夏の大会は初戦からテレビ中継があったのだ。
今や海の向こうのスターも、憧れのプロ野球チームの選手も、その場所で試合をやるという、特別な場所。神聖で、輝かしい場所。
それが、岩手県営野球場だった。劇的な勝利や、胴上げや、涙や、いろんなドラマがあった。
その県営が、どうやら閉鎖されるらしいという噂を耳にしたのは、いつのことだったろうか。
納得、ってよく分からないけど
最後の夏の初戦こそ県営だった僕たちの母校。
その試合は私立高校相手に打撃戦を繰り広げた挙げ句、9回に勝ち越しをする劇的な試合だった。震災後初の夏の大会勝利だったこともあり、僕たちは得意に思ったっけ。
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その日から9年。僕たちが27歳になる年に、現行の県営は今年で最後という話が聞こえてきた。
たしかに、である。
同じ東北地方の仙台はプロ野球の1軍の本拠地があるから比べものにならないとは言え、お隣の青森も、秋田も、山形も、県営よりずっと立派で新しい球場があるのだ。
その仙台を本拠とするプロ野球チームが(東北と冠することもあり)地方主催と銘打ち、青森秋田をはじめとする隣県で試合をする映像を見ると、建物というか、座席というか、外野の芝というか、選手が陣取るダッグアウトというか、、、岩手県民として咽び涙が出るほど立派!なのだ。
両翼だって91.5mだし。
ここ数年のこと。郷土からプロ野球選手がそこそこ輩出されるようになったからなのか、球場の親切移転計画が持ち上がった。そして、新球場と並行して現行の球場は維持されるものとばかり思っていたのだが、なんでも閉鎖されるという話。
と、聞いてしまうと、あれだけ見劣り蔑みdisり貶していた県営を、独り占め、と言えば汚い話だが、「貸し切ってみたい!」という欲望が沸々と起こり始めた。あくまでも、僕の中でだ。
で、果たしてそんなことができるのか?できないのか?
同級生たちの草野球に使うべく、市営のキャパ3000の球場を借りるだけで周りの大人たちから"お前らすげえな(笑)"と言われるのに、キャパ25000の球場を借りて茶番めいたダラダラ野球なんてできるのか?
たしかに、公式サイトには利用料金が書いてある。
借りるとなれば、おそらくこれが適用になるのだろう。だが、問題は我々が頭を下げて頼んだところで相手が「よがんす」となるか、どうか。悶々としたまま時間は流れた。
最後の夏を控えた、2022年4月のことである。
最後の年度の岩手県営野球場の年間スケジュールに「一般開放日」という文字を確認した。
即座に電話で連絡を入れた。
「電話が殺到しているでしょう?」と担当者に聞いたところ、「あなたが初めてです」と言われた。あれれ、なんだか拍子抜け。「まだ要項も決まってないんです、決まったらお知らせします」
その後、僕は僕らの代のOB会と協議して、OB会の名前を借りて応募することになった。第一希望と第二希望の日にちを記入し、ハガキで応募。
とは言え、だ。こんなヘッポコ集団と、現役の高校や大学や社会人が日程が被ったら間違いなく我々は落とされるだろう、と僕は信じていた。日程が割り振られたら公式サイトに掲載すると聞いていたので、ソワソワしながらその日を迎えた。
7月31日(日)18:00~21:00
「高田高等学校」
これは、、、どっちだ?
まさか現役世代の母校の後輩たちと被ってしまったのか?
するとまもなく、球場から電話があった。
球場長と名乗る電話の相手から「日曜の夜に、本当に高田から来れますか?」という確認だった。ちなみに、陸前高田から盛岡は自動車で片道2時間を要する。
よろしくお願いします。と答えた僕の声は震えていた。
とうとう、夢が走り出した。
さあ始まるよ 僕らの Baseball Game
どうにかこうにか18人をかき集めて、ついに当日を迎える。
夕方5時半に現地集合。
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野球経験が無い僕でさえ、この球場の正門に来たときの高揚を抑えられなかった。というか、入り口、、というか受付はどこだろう。
ああ、あった、ここだ。
まずは利用料金を払わないと。
えっと、使うのは、放送と、6時半からは照明と、、、
あっ、照明は明るさが選べるんですね?
上から2つめでお願いします
えっ、普通はそんな明るさを選ぶ人は居ない?
まあ、良いじゃないですか、最後なんですし。
そして受付担当の方に言いました。
「こんなくだらん野球でいいですか?」と。
受付の方は、良いんですよ。最後ですから。
いろんな人に愛された球場ですからね。最後まで楽しんでください――と。
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市営の球場とは比べものにならない料金を支払い、所定の用紙を記入し、友人一同とベンチに足を踏み入れる。
なぜだろう、笑いが止まらない。
あまりにもスタンドの規模が大きすぎて、なんでこんなところで野球ができるんだ?と思うと、そのくだらなさに腹の底から笑いが込み上げてくるのだ。
百戦錬磨のグラウンドキーパーさんに直前まで水を撒いていただいた土の内野グラウンドに、みんなが一斉に飛び出してキャッチボールを始める。鳴り止まない蝉時雨。夕暮れを迎える前の、まだ青い夏空の下で。
徐々に参加者が集まり、ダグアウト横の通用口を通ってグラウンドに顔を出してくる。ほとんどが高田からの遠征組、盛岡市内からの参加はわずか。
ここでチーム構成を紹介したい。
三塁側ベンチは僕が肩入れ?する「中学まで野球をやっていた同級生チーム」、今回は僕らの中では伝説になっている県営での盛岡中央×高田戦のインスパイアとして(?)、「中央」というチーム名での参加。草野球現役プレーヤーが半分くらい、かつ未経験者もいるという構成。
そして一塁側ベンチ、「高田OB選抜」。言わずもがな現役で硬式クラブに所属しているメンバーが半数。
中央チームは硬式経験者の1学年下の後輩くんたち、さらに仙台と山形から僕の大学時代の同期も誘って、どうにかこの日のための急造チームが完成した。
助っ人たちもボチボチ集まり、各々がキャッチボールのアップを始めたあたりで、僕はスコアボードの操作室へ。
せっかくならば、、、ということで、一度は触ってみたかった県営のスコアボード。どうせならばということで操作してみよう!ということになり、ボールカウント(B・S・O)だけでもと思い機器を操作してみるのだが、うまくいかない。さっき申し込んだ担当者の方に聞いてみると、
「あれっ? 操作したことあります、この機械」
「いや、無いですね今日が初めてです」
「普通は一回操作したことがある人が申し込むもんなんですよね、、」
そりゃそうだ。球場の規模からしてそんなもんだろう。
「教えれる担当がね、きょうは休みなんですよ」
なんということだ。
「あ、でもさっき其処に居たなあ。ちょっと呼んでくるから待ってて」
なんと非番の担当者さまに丁寧に教えていただいた。
感謝してもしきれない。
この間にもグラウンドでは、僕らのチームは目下アップをしている。
おおよそ球場の規模には似つかわしくない、まったりとした雰囲気。応援歌どころかBGMまで流して。もちろんマイクにスマホを近づけて、、ですよ。三ツ割の近隣住民は何事だ?と思っただろう。
ちなみにベイスターズの1-9応援歌、そして高橋優の『未だ見ぬ星座』(5年くらい前の横浜スタジアムの守備練習BGM)を流した。こんなこと、ベイスターズファンからしたら感無量だ。
降るような蟬時雨、そして夕暮れ。照明の灯が映えるようになってきたあたりで、プレーボールのコールをするべく全員が本塁に集まった。
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さあ、いよいよ運命の茶番が始まる――。
Hey boys , do it !
初回は中央チームが未経験者の後輩くん、高田チームは当時部長だった僕の同級生が先発。
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こういう試合って序盤だけは気合い入ってるんですよね、みんなw
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1回、2回と両チームはランナーを出すも無得点。
両翼91.5mという狭隘の球場ならでは(?)の、あわやオーバーフェンスかという打球もあった。
高田チームは3回から早くも継投。仙台からの高高でもなんでもない助っ人枠にスイッチ。彼の制球が乱れる間に中央チームの打線が爆発。
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今回の試合、純粋な高田メンバーだけではチームが組めなかったために、高田チームには1人(青森・田名部高)、中央チームには5人(久慈高 / 宮城・東陵高 , 石巻好文館高)の助っ人を招集した。特に後者は内野がほぼ助っ人陣という豪快な打線。
助っ人Pから助っ人頼み打線が爆発し、3回表に中央チームが一挙7点のビックイニング。
その後、高田チームは1点を返すも、中央チームは楽勝ムード。
ここで高田は3人目の継投。僕らの代のエースピッチャーをマウンドへ。
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ふと、ここからスコアボード下の照明のスイッチを入れ忘れていたことが発覚し、点灯してみると。おお!めちゃくちゃ見やすくなったじゃないか!
(それにしてもチーム名の色使いの見にくいことよ、、、)
さらに、スピードガンもこのイニングから計測開始。
あの大谷が160km/hを叩き出したフリーボードに一体何kmが表示されるのか、と期待で胸が高鳴る。
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高田チームは、たまたま盛岡に勤めている後輩を呼びつけた挙げ句、4番を打たせるという傲慢ぶりを発揮していた。ちなみに彼は仕事終わりだったという。それでも「県営で試合ができるなら」と快く来てくれたそうだ。
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ちなみに、ケチって照明の光度を1段階下げているのだが、、めちゃくちゃ眩しい。そりゃあ、プロでも照明が目に入ってとか言うわなあ、と。
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僕はこの試合の間、1塁側と3塁側のダッグアウトを行ったり来たりしていた。どっちのチームにも友達が居たからではあるが、なんというか、彼らの人間模様を近くで感じ取ってみたかったのだ。
真夏の夜の無風状態のベンチは、、暑い。
なので試合中盤からは殆どのメンバーが椅子に座らず、柵に腰を下ろしていた。みっともない姿かもしれないが、これは公式戦などではこんなこともできないだろうから、ベンチ入りしているプレーヤーは暑さという点から見れば相当大変なんだろうなと。
そういえば某ドラフト1位ピッチャーは、出れなかった決勝の試合、ベンチ内の扇風機の前で涼しんでたよな。
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まして、新球場では人工芝になると聞く。年々暑くなる岩手の夏に、球児たちは耐えられるのだろうか。
Say hello to ordinary heroes .
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大のオトナが、さらには運動習慣もろくに無くなっちゃったオトナたちが、夜とは言え酷暑の中試合をするというのは、さすがにモチベを保てない。
6回を過ぎたあたりから、みんなダレ始めた。
なんぼ水分を取りながら、、でもだ。
今から思えば、これはドラマの始まりに過ぎなかった。
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時間的に7回終了までだな、、という中で中央チームは7回表に3点を加えるダメ押し攻撃。なぜか主宰である僕まで打席に立たせられて、相当な忖度安打を打たせていただいた。県営の汚点になりかねない打席内容なので詳細は割愛。野球経験がない僕は三塁ベース上で(いったい何人もの三塁ランナーが本塁まで行けずに涙を呑んだんだろうな、、)などと物思いにふけっていた。
この時点での両チームのスコアは
中央:007 000 3 =10
高田:001 000 _ =1
コールド勝ちペースで高田チームの7回ウラの攻撃に入る。しかし2番手の中央チームの助っ人Pが突如崩れ始める。連打、四球、また連打。気づけば5点、6点と次々に得点が入る。
これが観客やら応援団が入っていたらチャンステーマメドレーとかやってんだろうなあ、とかノンキに考えていたが、一度タイムを取り、僕はマウンドへ。既にピッチャーは汗だくになっていた。
「行ける?」「行けます」「相手の4番は(今日はここまで無安打)波長を合わせてくるタイプだから、こっちもシャットアウトしてもらって」「はい」「機内モードでな」「分かりました。機内モード入りますw」
![](https://assets.st-note.com/img/1668087466294-irebOvMdmV.jpg?width=1200)
これまで何度も微笑んできた県営の女神と魔物が互いに手を組んだのだろうか。高田の攻撃はなおも続く。無安打だった高田の4番にも安打が出た上に、中央チーム守備陣の三本間の挟殺連携ミスなどもあり、なんと9点ビハインドをついに高田が追いつく。
まあ、打ち合って同点というのもドラマチックではないかとベンチで僕が思うや否や、あっという間にライト前ヒットでサヨナラ勝ちを決めてしまった。
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「 10x 」
安打数は途中からカウントを放棄したそうだが、、、のらりくらりというほのぼのゲームが一転、終盤は高校野球のようなドラマが待っていた。
最後のプロ1軍公式戦も島内のサヨナラホームランだったし、間違いなくこの球場には魔物と女神がいるような気がする。
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おそらく、この球場が開場して以来、最も統一感の無いユニフォームでの試合ではないか。
でも、どの試合よりも濃密で、ドラマチックだったはずだ。
最後に記念写真、そしてグラウンド整備を慌ただしく済ませて、おしまい。
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この日来た同級生の中で、ケガのために高校3年の夏の大会に出れなかったヤツがいる。彼は歯がゆさを抱えたまま高校生活を終え、9年間に渡り悶々とした思いを抱えたまま生きてきたというが、彼曰く「今日で高校球児を卒業できた。心おきなく引退することができそうだ」ということだった。
僕たちは、ちょっと奇妙なノリと謎めいた行動力でそれを実現することができた。無論、球場の関係者各位の方々には足を向けて寝られないほどのご尽力を頂いた。この場を借りて感謝を申し上げる。
この稿を書いている今では、すっかり県営のグラウンド利用の期間は終わり、あとは春の新球場「きたぎんボールパーク」の開場を待つだけだ。その球場が岩手っ子たちの希望となり、プロアマ問わず多くの名勝負が誕生するフィールドにならんことを願ってやまない。
![](https://assets.st-note.com/img/1668088490187-CUVx38nycU.jpg?width=1200)
中央...?[H13E1]
007 000 3=10
001 000 10x=11
高田2013OB選抜[H11E0]
(中)臼井守、林→熊谷朋、津田
(高)吉田康、澤田、村上直、國井→及川、泉田、金野