ショートショート【熱いアーティスト】

「本当はこんなこと言うのはかっこ悪いんだけど」
そのアーティストはギターを担ぎマイクを握りながら、このステージに立たせてもらえたのはファンのみんなのおかげであり、心から感謝していると言った。
「言葉より次の曲は音でみんなにありがとうを伝えるぜ!」

ギンギンガンガンロックフェス。略してギンガンロック三日目の今日、五バンド目にステージに立ったバンド「アディオスンニ」のボーカル、コモヤンが一曲目を終えた際のMCだ。

三曲目が終わりコモヤンがまたマイクを握った。
「俺たちアーティストは音で勝負ってことはわかってる。わかってるけど、これだけは言わせて欲しい。みんなのおかげで俺たちは音だけじゃなくて人間としても成長できてるってことを! いくぜっ!」
最後は絶叫に近い声だった。MCのあと間髪を入れず四曲目がはじまった。

五曲目が終わりコモヤンがマイクを握った。
「今日はフェスだからたくさんのバンドが出てる。だから持ち時間が少ないし、訳があっていつものパフォーマンスもできない。だけどそんなことを言い訳にしないぜ! 俺たちはいつも全力だぜ!」MC最後の「ぜ!」のあたりからギターのイントロが爆音で鳴り六曲目がはじまった。

六曲目が終わりコモヤンがマイクを握った。
俺は嫌な予感がした。
「本当は言いたくなかったんだ。カッコ悪いから。実は俺、今日、喉を痛めてます。でもそんなこと関係ないぜ! 最後の曲です。ぶっつぶれるまでいくぜー!」

俺は最後の曲は聞かず会場から出た。
フェス会場外にはガーデンがあり、そこには飲食店が並んでいた。
缶ビール三五〇mlが六〇〇円。

なんだこの値段。
俺はコモヤンの口調を真似て心の中で叫んだ。
「資本主義だからって納得したくないんだ。だから言わせてほしい。おい、フェス。あちこちでボッタクッてんじゃね! 次のフェス行かないぜ!」

ー了ー

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