短編小説【大御所とはいえ、その攻め方は難しい】
七五歳にして三〇回目の来日。
その大御所アーティストは何度も武道館でコンサートを行ってきた。
年齢のこともあり、これがいよいよ本当に最後の来日公演になるだろうと言われている。会場は満席だった。
私は友人とともに正面から少しはずれた二階席の真中あたりで開演を待った。
ステージが明るくなり歓声があがる。ギターが鳴り響いた。
大御所アーティストはいつものようにステージ中央にギターを抱えて立っている。
聞いたことのないイントロだった。きっと新曲だ。二週間後に新しいアルバムが発売されるらしい。
会場にいる他の客たちは初めて聞く曲に戸惑いもしていないように見えた。
大御所の登場に興奮し盛り上がっている。
二曲目がはじまった。知らない曲だった。
この曲もまたニューアルバムに収録されているであろう新曲だと予測された。
三曲目がはじまった。また知らない曲だった。
しかも三曲目は途中に変拍子があり、ところどころでブレイクも入るため、手拍子で楽しむことさえも拒むような難解な曲だった。
デビュー五十八年目の大御所だ。ファンならずとも巷間に知れたベストヒットばかり演奏しても二時間分のライブくらいは簡単に埋めてしまえるはずだ。
誰も知らない十七曲の演奏が終わったとき、大御所の口から「ラストソング」という単語が飛び出した。結局新曲ばかりで最後までやり通すつもりか。
いやもしかしたら、と期待したが、結局ラストのその曲も新曲らしかった。
残るはアンコールのみ。
アンコールであの伝説となったギターイントロの名曲を披露するはずだ。
場内にアンコールの声が響く。
幾度かのアンコールのコールの後、大御所がステージに現れ、ドラムだけがリズムを刻みはじめた。
このテンポ。ついに来る。あの伝説のギターイントロが。
「チャラチャララララ〜」
来た! ついに来た! 待ってました。
と思いきや、その名曲イントロのあと、また聞き慣れない歌がはじまった。結局、その曲はあの名曲イントロをアレンジに組み込んだ新曲だった。
ライブが終わり武道館を出てすぐ友人は俺に聞いてきた。
「おまえ、大御所の今回のニューアルバム買うつもり?」
俺は二十年来のファンだ。買う、と答えると友人は、
「そうか。今日のセットリストだとニューアルバムは二枚組だな」
今回の作品はダウンロードにしよう。そう思った。
ー了ー