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御徒町エレジー第29話【トランスフォーム】
御徒町タイム14:30。
「つけ麺TETSU」で、つけ麺の大盛りを食べて職場のビルに戻る帰り道のこと。
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久しぶりに遭遇したのだ。
また、あの御徒町の妖精に。
モロ車道に移動式住居を駐車し、そこに腰かけて何か喋っている。
※移動式住居とは…
ベニヤの板に車輪を付け、その上にセミダブルのマットを敷いたものだ。
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そんなとこにいて駐禁を切られたりしないのだろうか?
いやいや、そんな事は今はどうでもいい。
妖精の言葉に耳を傾ける。
「!□×:※$♭&▲☆ ‼︎変わんねえんだよっ」
どうやら何かが変わらない事に腹を立てているようだ。
異国からやって来た蛮行者どもに対し、弱気な外交を続ける日本政府への抗議の声だろうか。
その気持ちは分かる。
並んでガラガラと音を立て、道を塞ぐ蛮行者たちのキャリーケースが憎い。
奪い取って、反対側から走って来るLUUPにS字フックで引っ掛けて、そのまま持ち去って欲しいくらいに憎い。
だが、そんな出来事に遭遇したのもすっかり忘れた翌日のランチタイム。
最近、町中華に頻繁に通っていたため殆ど麺類しか食ってない。
今日はどの店に行こうか。
ん?
そういえば。
いつも素通りしている店。
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「タイ料理」か…
普段選ばないタイプの料理。
妖精の言葉を思い出す。
ハッ!!
そうか!妖精は、俺に変われと言っていたのかもしれない。
ヨシッ、行ってみるか。
地下へと続く階段を降りる。
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扉を開けて中に入る。
「*%!:▲☆♭×※& ‼︎」
タイの方と思しき女性が異国の言葉で何か挨拶してくれている。
テーブルに案内され、メニューを渡される。
グリーンカレーやガパオライスは食したことがある。
せっかくなら食べた事ないヤツがいい。
ん?何だ、このオススメとやら。
「すみません、コレェ。」
オーダーを終え店内を見渡す。
居心地の良い空間だ。
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壁にかかったモニターにMTVみたいなミュージックビデオが流れている。
聞いたことのない曲調で珍妙なダンスをキメている歌手たち。
もちろんタイには一度も行ったことがない。
そんな事を考えていたら、サラダとドレッシングがテーブルに置かれる。
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そしてやって来た。
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これはおそらく鶏肉。
そして茶色いスープに浸ってる。
米はジャスミン米だろうか。
ひと口すくって食べてみる。
甘辛い、日本人が好きな味。
カレーよりは薄く、生姜焼きのタレのような味。
米と崩した目玉焼きを鶏肉と一緒に口へ運ぶ。
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うん、うまい。
いつも感じる鬼のようなカロリー爆弾を食べる時の罪悪感がない。
ん?何だ?
白い豆のようなもの。
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食べてみたらニンニクだった…
不思議な料理だ。
長年生きているとかつての経験から、ある程度の物事の予測が出来てしまう。
しかし、それはこの国の中限定の話なのだ。
きっと、妖精が言いたかったのは視野を広く持てという啓示だったのだろう。
俺も早く、世界放浪の旅に出なければ。
そう思いながら、食べ忘れていたサラダにかけようとドレッシングを手にした時に気づく。
それはドレッシングではなく。
タピオカミルクである事に。
第三十話へ続く