私と同級生のオンライン同窓会大作戦
※この原稿は、8月23日に「いつか乾杯できる日まで」として発表した記事を、その後状況が変わったので改題・改稿したものです。
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がん闘病中でひと回り年上の夫には、高校時代の仲のいい友人たちがいる。
高校時代の同じクラス。趣味や仕事は異なるが,ずっと付き合いが続いている。
あいつからは音楽を教えてもらった。あいつは遠方の大学に入ったので学生時代に遊びに行った,などといつも嬉しそうに話す。
飲み会が嫌いでいつもは一次会で帰ってくる夫も,その友人たちとの集まりではいつも深夜に帰ってくるのが定番だった。
仲間の一人には私たちが結婚するときの婚姻届に保証人として署名してもらった。友人たちの集まりに一,二度同席させてもらったこともある。
けれど夫の同級生は、私からすれば一世代上のお兄さん、お姉さんたちで,それほど親しく話しはできなかった。
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今年の正月も,夫は仲良しの4人で集まる予定だった。けれど年末に受けた手術の後に合併症のために入院が長引き,出席できなかった。
年明けに退院し,次こそは4人揃って会おうと約束したところで,コロナウイルスが流行し始めた。6月,7月と飲み会を企画したが,そのたびに東京の感染者数が増加し,延期を余儀なくされた。
一方で夫は春以来,抗がん剤治療を重ね,数週間ごとに入院していた。治療の影響で徐々に痩せ細り,日中も横になることが多くなっていた。私の目にも,あまり良くない状況だということは理解できた。
7月の飲み会の延期が決まった後,私は夫にオンライン同窓会を提案した。
「コロナで会えないし,体調に波があるのだから,zoomでいいから会えば?」
ところが夫からは断られてしまった。
「そんな提案は,まるで病状が悪化する前提のようでがっかりした」
と。
夫のその指摘は図星だった。冷酷なようだが,事実を並べれば「いつでも会えるよ」と楽観的なことは言えなかった。
そんなやり取りの直後,抗がん剤治療の入院中に一時的に病状が悪化して,このままでは危険だという状態になってしまった。
幸い数日で元に戻ったが,いつ再び同じ状況になるかわからない。会いたい人には会えるうちに会ってほしい,せめて電話でもいいから話をしてほしいと思った。通常ならば病院に見舞いに来てもらうところだが,コロナウイルス流行のために面会が厳しく制限され,家族でさえ原則として会うことはできない。
私は夫の友人に初めてメールをした。
夫の状態,入院中だがコロナウイルスの流行のために家族も面会がままならないこと,電話をかけてみてほしいこと,私からメールがあったことは夫には内緒にしてほしいこと…。
友人たちはLINEで連絡を取ってくれた。しかし,夫は電話も嫌がり,LINEでメッセージを交わすだけだった。「会ったり話したりする気分にはなれない」のだそうだ。夫はまたいつか元気な姿でみんなに会えると思っているのか。それとも友人には弱った姿を見せたくないのか。
そもそも「オンライン〇〇」といったものが嫌いな夫には,オンライン同窓会は向かないのかもしれないと思った。
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私はその後も夫の友人たちとメールを交わしていた。入退院の予定,退院した時の様子など。もちろん夫には内緒だ。
夏の暑さがやわらいだ頃から徐々に夫は食欲を失い,日中もベッドで横になっている時間が長くなってきた。
8月の終わり。
夫が「次の抗がん剤の入院から退院したら,オンライン同窓会をやろうと思う。いつコロナが収まるか,わからないから」と言った。
私の提案が受け入れられたのだけど,素直に喜べなかった。
オンライン同窓会をする気になったということは,回復の見込みが少ないことを悟ったという意味だ。
しかし会う気になっただけ,一歩前進だ。
早速私は友人たちにメールした。
”夫が次の入院の後,オンライン同窓会をしたいと言っているので,ぜひ協力してほしい。”
友人たちの反応は,最初は遠慮気味な様子だった。病人に対して飲み会をやろうとは言いにくいらしい。”本人から提案してもらえればぜひやりたいので奥様から後押ししてほしい”とのことだった。
その数日後,状況が動いた。友人からメールがきた。
友人 ”LINEグループで,高校のそばの店で飲みたいと盛り上がっています。”
夫は私にそんな話があるとは言わなかった。予定が決まってから私に言うつもりだったのか。それとも最初から行けそうもないと思いながら,友人たちに話を合わせていたのか。
私 ”リアルで会うなら私が付き添います。参加できる可能性は低いですが,もしダメだったらすぐにオンラインに切り替えるということでいかがでしょうか。”
そして、”早い方がいい”とも付け加えた。
数時間後。
友人 ”今,本人からオンラインでやる方が現実的だというLINEがきました。日程は退院後を希望しているけれど、善は急げでこの週末ではいかがですか? 奥様はパソコンのそばに付き添えますか?”
(チャンス!)
私は週末の予定を返信して調整をお願いした。
夫から,「週末の夜にオンライン同窓会をすることになったけれど,付き添ってもらえるか」と尋ねられた。私は何も知らないふりをして「大丈夫だよ。夕飯,早めに終わらせようね」と答えた。
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そして9月初旬の週末,オンライン同窓会が開催された。
夫は早めの時間からパソコンの前にビールを用意して待機した。
次々と画面に現れる同級生たち。
夫は薬の副作用で脱毛した頭を帽子で隠すこともなく,おどけて頭を撫で上げてみせた。
乾杯をして、ひとしきりお互いの近況報告をする。友人の一人が夫に「思ったより元気そうじゃないか」と言う。画面越しでは痩せたことがわかりづらくてかえってよかったのかもしれない。
友人が用意した高校時代の白黒写真が画面に映る。50年近く前の友人たち。
写真が映し出される度に、友人たちが好き勝手なことを言って盛り上がる。還暦を過ぎているのに、ノリは高校生のままだ。
写真の中で,みんなつるんとした顔で笑っている。
ほっそりとした面差しの中で,目元や口元に今の面影が宿るのを見つけて安堵する。
そして高校生の時の夫も映し出された。
私が出会うよりずっと昔。
まさか50年後にこの写真を,この状況で妻と見ることになるとは思いもしなかっただろう。
無防備に両手を下げて歯を見せて笑う写真の中の彼は,何も思い患うことなく天を見上げていた。
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1時間ほどのオンライン同窓会は「またやろうね」という挨拶を交わして終わった。
私は画面の向こうの友人たちに手を振った。
”ありがとうございました。”
画面の上で,友人たちと私は共犯者として目線を交わした。
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週明けから夫は入院した。
夫には,オンライン同窓会まで私が友人たちと連絡を取り合ったことは内緒のままだ。
「またやろうね」が実現したら,そのときは言うつもりだ。