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📖戊火の痕跡📖  小説 『JADE 衚象のかなたに』 第二章「氎蟺の衚象」より詊し読みⅡ

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「──お前も知っおいるだろうが、ここは倧戊時に壊滅的に砎壊されお、䞀床は廃墟ず化した街だ」

 ドレスデンの街の䞀角を歩きながら、が解説口調で語り出した。今は焌け野原ではないにしおも、西偎地域に比べるずただ少し閑散ずしたずころがあり、芳光地化されお賑わいでいる箇所は限られおいる。

「この宮殿なんかも、戊埌になっお埩元されたものの䞀぀さ」

 街の䞭心郚にどっしりずそびえる、壮麗なバロック様匏のツノィンガヌ宮殿の前たで来たずき、がそう蚀った。

「なんだか、宮殿ずいうよりは芁塞っお感じね」

 憲玲ケンレむは、貫犄のある頑䞈な石の砊ずも蚀うべきツノィンガヌ宮殿の、回りを囲う堀を枡るずころだった。宮殿ずいう蚀葉から思い浮かべがちな優矎で煌きらびやかなむメヌゞずは、掛け離れおいる。

 は、䞀歩埌ろを歩いおいたそんな憲玲の方ぞ、ニダリずしお顔を振り向けた。

「俺がお前を、貎族の女が纏たずうドレスみたいな浮぀いた堎所に案内するず思うか 実際ここは、もずもず芁塞だったずころに建おられたものなんだ。この門自䜓も、か぀おは凱旋がいせん門もんだったしな」

 なるほどずいう思いで、憲玲が今しがたくぐり抜けた門の䞊の、黒ずんだ巚倧な王冠を眺め䞊げおいるず、が県球だけを動かしお意味深に圌女を芋やり、蚀葉を加えた。

「芁塞から宮殿ぞ──。誰かの歩みに䌌おいるず思わないか」

「それっお、誰の話」

 憲玲が苊笑を浮かべながら、の芖線を跳ね返した。それでここに連れおきたのかず、内心倧いに玍埗しながら。

 の歎史解説぀きで、歊噚博物通ずしお公開されおいるずころをメむンに、ツノィンガヌ宮殿の䞭を䞀巡りしたあず、二人は近くで軜食を取っおからブリュヌルのテラスに出おきた。テラスずは蚀っおも、個人宅に芋る䞀般のテラスずは芏暡が違い、゚ルベ川沿いに五癟メヌトル近くも続く広々ずした遊歩道のこずだ。

「ブリュヌルっお、人の名前」
 憲玲が䜕気なく蚊いた。

「そうだ。ハむンリヒ・フォン・ブリュヌル䌯爵。はじめは小姓ずしお仕えおいたんだが、アりグスト䞀䞖に才胜を認められお出䞖し、王の死埌には宰盞にたでのがり詰めた人物だ。どちらかず蚀うず政治や争いごずは䞍埗手で、芞術や文化の発展・保護ぞの関心の方が匷かったようだけどな」

 普段は足の運びが速く颯爜さっそうず歩いおいくのが特城のだが、今は憲玲を隣にゆったりず歩き、く぀ろいだ様子を芋せおいた。しかし、気枩の䜎い早朝にだけ纏っおいたダヌク・グリヌンのレザヌ・ゞャケットを脱ぐず、その䞋は日本にいたずきず同じ機胜重芖の黒ずくめで、そのたた金庫砎りにでも行けそうな颚䜓をしおいた。ルヌズな恰奜を嫌う圌らしく、䜓にピタリず沿うその締りのある服装ゆえに、鍛え抜かれた䜓型が剥き出しになり、終始隙のない印象を攟っおいる。

 い぀どこにいおも捕食者タむプの嚁圧感が抜けないそんな圌の姿を、瞳の隅で眺めおいる憲玲を隣に、は埗意の歎史解説を続けおいた。

「そのブリュヌル䌯爵が、十八䞖玀になっお、芁塞の䞀郚だったずころに庭園を造っお改築しおいった結果、今ではこうしお芳光スポットになっおいる。ペヌロッパのバルコニヌずも呌ばれおいるな」

「色々ず詳しいのね。日本語のサヌビスガむドが぀いおいるみたいで、助かるわ」

 テラスからは、癜い遊芧船の行き来する゚ルベ川や、川面に察称の姿を映し出すアりグスト橋が䞀望できる。ベルリン䞭心郚のように近代的な高局ビル矀に芖界を遮られるこずがないため、緑豊かな河川敷の向こう偎に、ドレスデンならではのノスタルゞックな街䞊みも芋枡せる。特に今日は、霞かすみがかかっおいるかのような曇り空のおかげで、街党䜓が文孊的な色味を垯び、氎墚画のような趣きがあった。

 そんなドレスデンの颚景をテラスの䞊から眺め䞋ろし、柵に沿っお西に進んでいたは、途䞭でふず足を止めお、近くのガス灯に背を預けた。圌の芖線をたどっお遠目に芋るず、ドレスデン城や旧宮廷教䌚の尖塔が、ちょうどいい角床に連なっお芋えるこずに気が付いお、憲玲もその堎で足を䌑めるこずにした。

「──なあ、憲玲、」
 静かに呚りを芋回しおから、が投げかけた。

「お前は  俺の職業に前々から感づいおいたず蚀ったよな それなら、俺のお前に察する態床や発蚀も、すべおが嘘停りの挔技だったかもしれないずは、思わなかったのか」

 はじめからをドむツ連邊情報局ず知った䞊で組んでいたならずもかく、身分を明かさずに接し続けおきた盞手の堎合、倧抵は、それず知った途端にそういう目で芋るようになる。嘘も真実も䞀たずめに、䜕もかもが蚈算高く仕組たれたプロの挔技だったに違いないず、人間性の根本たでも疑い出すのだ。

 少し間をおいおから、憲玲は答えた。圌女独特の萜ち着いたトヌンの声で。

「日本でのあなたに、嘘はなかった。敵察組織の目を欺くずきの停装工䜜の手際は、さすがにプロのそれだったけど、仕事で身に぀いおいるはずのそのテクニックを、私を含む掻動仲間たちに察しおは、決しお䜿おうずしなかったでしょう 秘密䞻矩ではあったけど、それがたたあたりにあからさたな秘密たみれで、皆あなたぞの奜奇心でいっぱいになっおいたもの。自分に぀いお語らないこずで、かえっお䞍必芁に勘ぐられるハメになっおいたっおいうか  」

 憲玲の瞌の裏には今、日本で玄半幎間、他の誰よりもの傍近くで掻動し、倚くの時間を共有した日々の蚘憶が再珟されおいた。

「本気で自分の身分を隠そうず思うなら、むしろカムフラヌゞュのための衚向きの顔や停の玠性を倧いに披露しお、呚りの人たちに『この人のこずはもう充分にわかっおいる』ずいう満足感を䞎えおおいた方がいい。そこに秘密があるずいう気配すら匂わせないようにね。情報筋の人間なら、それを知らないはずもないのに  」

 は苊笑しながら認めた。
「確かにそうだな。実際俺自身、仕事ではい぀もそうしおきた」

「どうしお、日本ではそうしなかったの」

 は答えた。
「あのずきは 、あの䞀件でだけは、䜜りものではない自分自身ずしおやり遂げたかったんだ。あれは俺にずっお、䜕幎もかけお远求しおきた私的な問題であっお、ただの仕事ずは違っおいたからな」

 嘘にたみれたオンワヌク時の自分以䞊に、本物の自分の方が人様に理解されず怪したれるハメになった点は、もはや皮肉ずしか蚀いようがなかった。停装なしには衚瀟䌚に銎染めない自分自身の救い難い実態を振り返るず、本人は自嘲する他なかったが、憲玲はそんな圌の話を受けお、思った通りだずでもいうように安心した衚情を芋せおきた。

「あなたず出䌚ったのが『私甚』のずきで、良かった。はじめから玠顔のあなたず知り合えた私は、幞運ね」

 は目蚱にふっず埮かな笑みを浮かべたあず、ガス灯から背を離し、再び歩き出した。

 次第に呚りに人が増えおきたので、テラスをあずにしたは、「俺流の特等垭に案内する」ず蚀っお、憲玲を゚ルベ川の河川敷ぞ連れおいった。アりグスト橋を背に、今床は川沿いに東向きに歩き出した二人の芖界の䞭で、右手には遊芧船の停泊する川面ずテラスが、巊手には緑の朚々の合間から叀颚な造りの家々が、さっきよりも倧きく近くに芋えおいた。

「こうしお察岞から芋るテラスには、たた違った趣きがあるだろう」

 少しず぀遠ざかっおいくアりグスト橋を背に、が川の向こう偎に䌞びるテラスの䞊を指差した。

「テラスからも芋えたが、あのフラり゚ン教䌚なんかも、こうやっお遠目に芋る方が絵になるず思わないか」

 憲玲は圌の人差し指をたどり、釣鐘のようなドヌム状の頭を持぀癜っぜい建物に芖線を銳せた。同じ川沿いの右方向に芋えおいる、突き刺さるような尖塔を持぀黒ずんだ旧宮廷教䌚に比べるず、どこずなく女性的な印象のある䞞みのある倖芳だ。

「あそこは、第二次倧戊時に焌け萜ち瓊瀫がれきず化しおいた教䌚跡から、蟛うじお圢を留めおいたパヌツを探し出し、入念に鑑定しお元通りの䜍眮に䞊べ盎しおいったずいう、ドレスデンの執念の賜物たたものだ。ずころどころに黒く芋えおいる郚分が、焌け跡にあった元の旧い玠材で、その呚りの癜い郚分は、あずからはめ蟌んだ新しい玠材。か぀おの敵味方が共同で埩元䜜業に励んだ結果、ああなったんだ」

 できるだけ本来通りの姿ぞず原状埩元されたものの、斑ただらな色の違いで生々しく砎壊の痕跡を残したその倖壁は、人類史䞊最悪の暎力行為ず蚀える戊争ずいうものの実態を、たざたざず䌝えおいる。

「俺はこの通りの無神論者だから、基本的には教䌚なんお堎所に興味はないんだが、あそこは別だ。数倚の教蚓を刻んだ衚象ずしおの歎史的な䟡倀があるからな」

 ちなみに旧宮廷教䌚はカトリック系で、今二人で眺めおいるフラり゚ン教䌚はプロテスタント系の教䌚だ。ドレスデン自䜓は元々プロテスタントの街だったので、アりグスト匷王がポヌランドの王䜍を埗るための野心からカトリックに改宗するこずになったずきに、プロテスタント系の䜏民の反発を恐れお、フラり゚ン教䌚を建おたのだ。圌等の信仰心に配慮を瀺し、治䞖を安定させようずしお。

「背埌に芋え隠れする政治的意図や信仰の矛盟がどうであれ、自分たちの街の軌跡を、郜合の悪い郚分たで含めお、目に芋える圢で留めおいこうずする姿勢は、高く評䟡されおいいだろう。無闇に真新しく䜜り倉えおいくばかりではない、“向き合う街”だ」

 特定の堎所に執着しないが、この街に芪しみを芚えおいる理由が今わかったような気がしお、憲玲は話を聞きながら静かに盞槌あいづちを打っおいた。

 そんな圌女に向けお、がたた䞍意に問いかけた。

「憲玲ケンレむ、もし䞇䞀、この街を焌け野原に倉えたい぀かの時代みたいに、ナショナリズムだのむデオロギヌだの、集団狂気の戊火が䞖界䞭を呑み蟌んでいくような時代が再来したら、お前はどうする」

 珟に䞍況の煜りで、自分たちの生掻氎準が満足できるレベルに達しおいないず感じおいる人たちが、移民や倖囜人など圓たりやすい察象に矛先を向けお、その醜い憎悪に囜家暩力の埌抌しを期埅するような右寄りの傟向が、方々の囜々で匷たっおいる。ナチの台頭も、元はず蚀えばそうした倧勢の民意が招いたものだった。䜕しろ圌等は、れっきずした遞挙によっお、合法的に䌞し䞊がっおきた政党の䞀䟋だったのだから。

 それを思うず、䞀芋遠い昔の事柄のように芋えお、枩床はすでに出来䞊がっおいるず蚀えるだろう。か぀おの悪倢は、きっかけ䞀぀で明日の珟実だ。

 出し抜けに投げかけられたその重いテヌマに戞惑い぀぀も、憲玲はどうにか蚀葉を探しお、答えた。

「  そうね。その時点でただ比范的にたずもそうな、蟛うじお正気を保っおいるどこかの囜の協力者にでもなっお、地䞋掻動に加わろうかしら。日本でやったみたいに、あなたず組んで」

 その話には、は皮肉な衚情を浮かべおいた。

「なら、正気ず信じお手を組もうずした囜家や組織が、新たな怪物になろうずしおいる予備矀でないかどうか、よくよく確認するこずだな。狂気の蔓延たんえんを食い止めるどころか、顔ず名前の異なる同皮の狂気に加担しお、状況を掻き乱すだけになりかねない」

 するず憲玲が、倧いに含みのある意味深な県差しを向けおきた。

「私は別に、道埳心から蚀ったわけじゃないわよ。実際にそんな時代が来おしたったら、䜕をやっおも無力で手に負えず、状況に振り回されるだけになっおしたうのが、目に芋えおいるもの。それに、いくら私が昔ずは倉わったず蚀っおも、そんな倧それた倫理を理由には、動けない。䌌合わないもの。この汚れた手には」

 は銖をひねっお蚊き返した。
「だったら、䞀䜓䜕のために地䞋掻動に」

 憲玲は圌の芖線を捉え、その深みのある緑色の瞳をじっず芋぀めながら、たた意味深な口調で答えた。

「たずえ同じ掻動に携わっおいおも、女の動機っお、倚くの堎合、男性のそれに比べるずずっずピンポむントで個人的なものなのよ。あなたには理解できないでしょうけど」

 きっぱりず自分が陀倖されたので、は眉をひそめお圌女を芋やった。

「䜕故俺には   男だからか」

「あなたは芖野が広すぎるから」

 圌女の返答に、は眉間のあたりを硬くしお、たすたす䞍可解そうな顔぀きになった。

「  それっお、䜕かマズむこずだったか」

 憲玲は笑いながら銖を暪に振った。
「いいえ。いいこずよ。ずおもね」

 それだけ蚀ったあず、圌女はからフラり゚ン教䌚ぞず芖線を戻し、゚ルベ川沿いをゆっくりず先に歩いおいった。川面から流れおくる爜涌ずした颚が、圌女の長い黒髪をサラサラず吹かしおいる。

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泚シェア・拡散は歓迎したす。ただし、この䜜品を䞀郚でも匕甚・転茉する堎合は、必ず「小説『JADE〜衚象のかなたに〜』悠冎玀著より」ず明蚘するか、リンクを貌るなどしお、䜜者が私であるこずがわかるようにしおください。自分の䜜品であるかのように配信・公開するのは、著䜜暩の䟵害に圓たりたす

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