仕事の奥に潜むもの
『やれやれ~後悔ばかりが浮かぶぜ』
(己の仕事じゃ。誇ればよかろう)
『とんでもないぞ。黒歴史だね』
(まずは受け入れるのじゃよ)
『あはは~スビバセン。ムリ無理むり』
(受け入れんことには気づけんぞ)
『うーん。そう言われても……照れるな』
(戯け。褒めてなどおらんわい!)
『いやでもホント、なんであんなことやらかしたかね。幽界で見せられる。なかなかキツいよ。逃げられないんだからさ』
(幽界は時空がない。気づかねばいつまでもどこまでも続く。脳がなければ忘れることもできん。仕事の奥に潜むものを探すのじゃ)
『え……何があるんだ?』
☆☆☆
こんにちは!
フジミドリです♡
私物語シーズン4も第四回、今日は仕事についての幽界見聞録でございます。
学生のアルバイト。新卒入社は経営コンサル業界。起業を試み夢破れ塾講師──
とはいえ、今年5月で高齢者となった私。記憶の定まらぬことも多くございます。
あれれ。あの後どうしたっけなぁ。うーん。忘れちまった。思い出せんぞ……
ところが、幽界では何もかも暴露されます。ウソもつけず隠すこともできません。
どうしましょ。
では早速──
☆☆☆
いつものように私は、守護の神霊が護り導いてくれるまま死後の世界へ向かう。
今宵の案内役は老賢者とでも言おうか。荘厳な風格が漂う。まさに冥府の存在。
銀髪は長く肩へ掛かる。白の道着は沁み一つない。袴と足袋は鮮やかな紺。
一方私は、袴なしの道着へ茶帯を締める。
百畳敷の道場に師弟二人が立つ。
森閑として──
☆☆☆
(お主はその時々、精一杯に取り組んだ。恥ずべきではない。堂々と受け入れよ)
『そう言われても……なんでああ言った。どうしてこうなった。やり切れないぜ』
師がスッと右腕を前へ出した。
引き寄せられるように私は踏み出す。両手で師の手首を掴む。力いっぱい。
そう。私はこのように仕事へ打ち込んだ。
虚勢を張り、願望で振り回され、功名心に燃え、そして奪い合ったのだ。
刹那──
師の掌は僅かに反る。一体感が創られる。途端に、暖かく柔らかい生命の奔流は私の腕を突き抜け、中真へ達した。
☆☆☆
『ありゃ~オレはいつの間に倒されたんだ。畳が背を打つ音も聞こえなかったぞ』
(これ、いつまで転がっておる。さっさと起き上がって打ち掛かってこんかい)
『よしコノヤロウ、これでどうよ、ダメだチキショー、何やっても吹っ飛ばされちまう』
(所詮は浅知恵じゃ。肉体の力など高が知れておる。これ、呆けた顔をしおって)
☆☆☆
完敗だった。
どんな功績を挙げても、たとえ歴史に名が刻まれようが、幽界では評価されない。
ゼロだ。
肉体の死と共に、全て泡のごとく消え去ってしまう。何一つとして残らない。
……オレは何を追い求めたのだろう。
虚しくなる。こんな結末とわかっていたら、もっと楽な人生を選べたに違いない。
☆☆☆
(生きて何を成したかなぞ)
『どうでもよかったんだなぁ』
(知らぬ者が多いのじゃが)
『やれやれ~騙されちまったぜ』
(戯け。己の決めた道じゃ)
『うへえ。オレが決めたのかよ』
(思い出したか。誰のせいでもない)
『たーしかに確かに。オレだわ』
☆☆☆
これまで成したことが眼前に広がっていく。一つひとつへと意識を集めれば、その時々の心境は鮮明に蘇ってきた。
少し引いて観るなら、まるでパノラマ写真のようだ。一目で全貌が見渡せる。人生とは、このようなものだったのか。
☆☆☆
『やれやれ。少し手放せてきたよ』
(うむ。俯瞰できたか。宜しい)
『あれはオレじゃねえって思えちまう』
(いや、真実に、お主ではないのじゃよ)
『え……そうなのか。でもオレはオレだぞ』
(一瞬ごとに、別のお主であるのじゃ)
『うーん。途方もないことだ。わからん』
(本来のお主なら平然と受け止めよう)
☆☆☆
ハッとする。
あーそうか。そうだったのか。
何もかも明確に理解する自分、そんな自分がいるのだと受け入れた途端、わかった。
私は、今この私なのだ。
一瞬ごとに、別人格を選んでいる。
過去の自分は消えてしまった。何処にも存在しない。いつも今。そして此処なのだ。
あの自分もこの自分も本来の私と違う。全て想念の産物。見極めて祓うべきもの。
☆☆☆
(さてさて、何が潜んでおったかのぉ)
『嫉妬……野心……拗ねて諦めて憎悪』
(ふむ。気づけば消えていく運命じゃ)
『見たくなかったぜ。こんなオレ』
(安心せい。済んでしまった映像じゃ)
『ゲッ。気づくために仕事したのか』
(手放して身軽になれたじゃろ)
『ああ確かに。心地よいもんだな』
☆☆☆
お読み頂き、ありがとうございます!
次回の私物語は10月15日午後3時です。
今週木曜朝8時には、別アカウント西遊記でイラストの朔川揺さんと創作談話です。
是非、いらして下さい♡