誰がために仕事する
拙者、湯吞茶碗である。
お茶を入れ、呑む容器にござる。
うむ。
誰もが拙者を使うことはできよう。富める者貧しき者、老いも若きも男女関わらず。
誠にもって平凡な。
しかしながらである。平々凡々たる拙者の営みにこそ、深き真理は隠れ潜んでござる。
仕事は如何なるものか──
☆☆☆
こんにちは!
フジミドリです♡
今日の私物語は湯飲み茶碗が主人公。
私は、このところ毎朝のようにパソコン画面へ向かい、音声入力した文章が気に入るまで推敲を重ねているのです。
パソコンの横にマグカップが置かれ、中身はお茶やコーヒー、練り生姜とハチミツを溶かした紅茶であったりします。
そんな日常から、ふと思いつきました。
では早速──
☆☆☆
『なんかこう、飽きたぜ仕事』
初老の塾講師殿が呟いてござる。
『慣れると刺激ないっていうか』
拙者に満つる茶が飲み干された。
塾講師殿はしみじみと拙者を眺める。
『あんたの仕事ってなんだろな』
「それはまた愚問でござるよ」
『たーしかに確かに。バカだね』
「拙者の仕事は決まっておる」
『お茶を入れるんだぜ』
「何! 異なことを」
『え……違うの?』
「もちろんでござる」
☆☆☆
辺りを支配する暫しの沈黙。
塾講師殿から、言葉に纏まる前の精妙な波動が響いて参った。
拙者、ただその響きに心を委ねてござる。今や空となったこの身は微かに震えた。
すると、響きが波動を下げて固まり、形整いて言葉流れ出るにござる。
☆☆☆
『35年、オレは塾講師をやってきた。改めて仕事ってなんだろな』
拙者黙って聴く。沈黙が必要らしい。
『普段着からワイシャツとスラックスに着替えてさ、電車に乗ってこの身を運ぶ。それも仕事っちゃ仕事なんだよ』
返す言葉見当たらず。ただ聴き続ける拙者の在り様こそ、精妙なる波動から言葉へ促す力を持つようであった。
『受験準備の手伝い。知ってることを教えて質問に答える。オレの書いた学習レポートへ教務社員が印を押す……これも仕事か』
☆☆☆
塾講師殿に迷いが生じておるようだ。
仕事とは何か。このような営みを続けるに、如何なる意味がある──
金を得るため仕事せねば
生きていくための金
ならば
何故
生きるのか
塾講師殿は迷ってござる。
☆☆☆
『いやホント、つくづくしみじみ思うのね。入った金を使う。使ってまた入る。食べたら出す。出すために食うのか。だったら、初めから何もしないでいたらどうよ』
(仰せの通り)
『いつか死んじまうの……生きてやったこと、みんな消えちまう。なぜ生きる?』
(淡きこと夢の如し、でござる)
『そう。実に全くそうなの。達成感や喜びなんて、あっという間に消えちまう。イヤだな~面倒くせ~は残ってさ。おいおい、苦しむために生まれてきたのかよって』
(拙者、入れて呑まれるのみ)
『生きがい、豊かさ、働く喜び……幻想さ。憧れの資産運用暮らしも同じこと。あっという間にお陀仏。死んで終わり。ゼロだ。何も残らねえ。ナッシング』
(左様でござるな。然り)
☆☆☆
拙者、湯呑茶碗。
お茶が入り、呑まれる。
また入り、そして消えゆく。ただそれのみにござる。他は何もなし──
お茶が入り、呑まれて消えゆく。でなくば、ただじっと入る時を待つのみ。
空のまま、待ち続けるでござる。
☆☆☆
『うーん。やれやれ。湯飲み茶碗になった気分だ。オレはこれまで何をやってきた。そんで残りの人生、何をやっていく。どう足掻いたって消えちまうんだ』
(お仲間にござるな)
『あはは~嬉しいね。ともだち友達。嬉しすぎて泣けるぜ……どんな成功者であろうとも、宇宙で一瞬の光にすらならん。虚しいよ』
(然り。名誉権力また空にござる)
『そうか。なるほど。わかったぜ。空っぽが怖いんだな。で、外へ求める。喜び楽しみ感動を。喋って騒いでへばりつく。いやいや、苦しみや悲しみだって同じなのさ』
(出すために入れる。拙者の仕事でござる)
☆☆☆
おや。
塾講師殿の思いが消えゆく。ありとあらゆる思考、記憶、感情、理解、そして悟り。
すべて空になる。
何もない。
真の空なり──何もなし。
☆☆☆
『あれれ。いざ空っぽになっちまえば、意外と怖くないな。てか心地よかったりするぞ。何もないもので満ち足りてる……って矛盾したこと言ってるけどさ』
(我が意を得たり、でござる)
『名前も国籍も性別も出自も経歴もないよ。オレって何……何者でもない。いやホント、全部捨てちまうと実に爽快、お気楽だね。いいなあ~コレ。知らなかったぜ』
(出すために入れる、でござる)
『あ。何それ……マジかよ。ひえ~金を使うために稼ぐ。飯は出すために食う。オレ、死ぬために生まれた……たーしかに確かに。みんな最後は死んじまう』
(死すため生まれる、でござる)
☆☆☆
生きるために非ず
死すためにこそ生まれ
手放すため入手する
拾うは捨てるため
別れのためにのみ出逢う
☆☆☆
『なんだよ。死ぬために生きてんのか。なら気楽でいいね。いずれ死ぬんだからさ』
(達せざる者なし、でござる)
『空っぽになるため、つまり捨てるための仕事かよ。じゃあ、何やっても仕事じゃん』
(営みすべて、空へ戻るため)
☆☆☆
お読み頂き、ありがとうございます!
次回でシーズン3完結です。
最終話が6月11日午後3時に公開。15日木曜お昼は西遊記の創作談話で終わります。
是非、いらして下さい♡