【小説】恋の幻想
裕子さんは苦しそうに顔を歪めている、針で突いたら萎む風船みたいな緊張感だ。
「悪くは無いじゃないですか、だって誰だって一人では居たくない、好きとか嫌いとかじゃなく、誰かと一緒に居たかったんですよね。」解りすぎるほどの気持ちを伝える。
「悪いよ、良平が優しいから付け込んで、婚約させたんだよ、良平も結婚って気にしてないって言ってたから。」ほろりと涙が伝っている。
泣かないで欲しい、いつも元気で優しいと思っていた人が、悲しんでいるのは見たくない。
「そんなことで悲しまないで、人生にはもっと悲しい事いっぱいで、泣いてなんかいられないよ。」そう言いながらも裕子さんの背中を撫ぜる。
最初に会った時とは反対の状況に戸惑いながらも、悲しみの雫を分けて貰う。
きっと他の人とは違う感性を、幼い時から持て余してきたんだろう、私が生きる事に必死になっていた頃と同じ年代に、彼女はまた違った悩みが有ったのだ。
どちらが大変だとか、どちらが偉いとかではなく、ただ単にそこに悩みが有って、共有は出来ないけど、解決に向かうには壁がある。
どちらも乗り越えるには少し背伸びしなければ、壁の向こうの景色が見えない壁なのだ。
「忍ちゃんみたいに、小さい時から親で苦労してきた人には、どうでも良い悩みだと思う、でもね自分と同じ感性の人が、何処に居るのか解らない、若しかしたらずっと一人で生きて行かなければならないってしんどいよ。」いつもは隠している苦悩する人間が現れていた。
「ううん、私の悩みは親や兄から逃げれば解決するけど、裕子さんは男の人が好きじゃ無くて、女性が好きなんだったら、他の人には言いにくいですよね、解決は難しそう、でも一人で生きて行くのは寂しいですよね。」顔を見ながら聞いてみた。
「女性が好きなんじゃ無いんだよ、どちらにも性的な物は感じないの、だから愛とか恋とかって感情が解らないんだよ。」自分の性が嫌で、それでも認めるしか無くて、家を出てきた私とは、なんて違うんだろう。
人生にとって恋愛が出来ないのは悲劇だろうか、それとも喜劇なのか、分からなくて考える。
本人にとってはそれは絶対的な悲劇で、誰もが持っている筈の感情が抜け落ちて云って、繋がる事が出来ないのだ、恋愛と云う状態では。
「私は知らなかったけど、裕子さんが寂しいならずっと友達でいます、それじゃ駄目ですか、私が自立する後押しをしてくれたんだもん。」恋愛じゃ無いけど裕子さんが好きだ。