夏バテの記憶
今日は気持ちがいい日で、暑いとはいえ家に居ると暑さも感じず今日は良い日だーと思っていた。
『アッ、そうだ資源ごみ出しておこう』思いったって外も涼しくなっただろうと、ゴミを出しに行って、なんじゃこりゃーと暑さに気が付いた。
そうだ真夏なのだ、これにやられた時があったのだ。
20年位前は運動もできなくて家と仕事場の往復、家も仕事場もクーラー入れているから涼しいのだが、車に乗って帰る車の中と、帰りに行くスーパーと、家に帰ってする料理でもう暑さ満腹。
とてもじゃないけどご飯は食べられない、そうめんとかしか食べれないけど、そうめんも茹でるの暑ーい。
子供も夫も別に影響ないと言っていたけど、私はどうしても食べるのが難しい。
頑張って食べると調子悪くなりそうだった、子供が食べないの食べないともっとばてるよと言ってくれるから、食べるのを頑張っていた。
その頃の私の友はスプリッツァーだった、子供や夫に作ったおかずを炭酸で流し込んでいる状態、きっと良くなかったんだろうな。
朝はちゃんと食べていたからそんな状態でも、体重は少ししか減らなかったけど、あれは辛かった。
今だったらもう食べないって選択肢もあるけど、子供と一緒に食べていると、私だけ食べないのは無いよね。
夏が来るとあの夏バテを思い出して、今年は大丈夫かなーとか、食べないと筋肉が衰えるから食べたいなーとか思っている。
自分の子供が大人になって、夏バテしない?って聞くとしないって答えるので、外に出るのにばてないんだと、ちょっと尊敬している。
あの頃の私は何でばてていたんだろうな。
子供曰く「お母さん、忙しかったから、余計にばてたんやで。」との事。
忙しいとばてるの?と考えて、不思議な思いが去来する、だって忙しさと夏バテの相関関係ってある?
今思えば、涼しい仕事場を出て、直ぐに暑い車に乗って、車が涼しくなる前にスーパーに行って、走って買い物して、また車に乗って、暑いまま今度は家に着いて、家を開けてクーラー着けて、料理してって言う、暑くなったり涼しくなったりが交代でくるのにばてたのかもしれない。
家に居ると夏バテとは無縁の涼しい場所に居るので、今年は夏バテは無いと考えている。
人間、誰かの為に仕事や家事をするのは良いけど、何処までも自分を放ってはいけない。
自分があっての周りだし、自分が出来なくなったら、それはそれで大変になる。
あの頃の私に会ったら、自分を大切にするのが大事だよーと言ってみたいものだと今は考えている。
誰もが大変なんだけどね。