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サチコのことわざウナ15「寝耳にミーズー」

こんにちは。

サウナのサチコです。

今日は祝日。もう祝日なんだかどうだかよくわからなくなってきましたが、一応GWです。皆様、いかがお過ごしですか? お仕事だった方、本当にお疲れさまです。今日も「サチコのことわざウナ」で在宅の鬱憤を晴らし、仕事の疲れを癒してくださいませ。

15回目の今日のことわざは、

「寝耳にミーズー」

元のことわざは言わなくてもよさそうですが「寝耳に水」です。「思いがけない知らせや、不意の出来事に驚くこと」ですね。つまり寝ている時に耳から「音」ではなく「水」が入ってくるという予想だにしないことが起きて、驚いているさまを表しています。元々は、寝ている時に水の音が聞こえて驚くということわざだったようです。水の整備が不十分だった昔は洪水や河川の氾濫が頻繁にあったため、人々はその濁流音を聞いて避難していたんですね。その音が万が一寝ている時に聞こえてこようものなら、無防備だった分たいそう驚いて慌ててしまうことだろう。それがこのことわざの由来だそうな。「サチコのことわざウナ」も、たまにはタメになるなぁ。

あ、うっかり趣旨が変わってしまうところでした(汗)

「サチコのことわざウナ」はあくまでも「サウナのことわざ」。説明するとしたら今回は「ミーズー」の方ですね。別にこれは「水」の業界用語じゃありません(笑)

サウナ→水風呂→外気浴という1セットの中で、最も水風呂の質や温度を重視する人を「ミーズー」と言うらしいんです。・・・らしいというのは、それがサウナ用語として認められているか、浸透しているかどうかは怪しいということ。

まだ私がサウナに入りたての頃(この言い方で合っているのかわかりませんが)、偶然ネットで見つけた言葉がこの「ミーズー」でした。その記事には「人によってととのうポイントが違っていて、サウナにこだわる人、外気浴にこだわる人など様々いる中、水風呂こそがととのうために一番大事と考える人がいる。それをミーズーと呼ぶ」というようなことが書かれていました。「へー。そうなのか」と感心したのですが、今改めてその記事を探してみても、どこにも見あたらないんです。もちろんどこのサウナ用語集にも載っていません。でも気に入ったので使わせていただくことにしました。


大変前置きが長くなりました。つまりこれです↓

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え? 「ととのう」ためには、サウナより水風呂が大事なの? そんなの初耳だよ。

ということになります。

そういえば、外気浴はどうなんでしょう。外気浴を一番重視されている方もいるのでしょうか。

私がこれまで行ったサウナの中でも、昔ながらの銭湯には外気浴できる場所がありませんでした。扉の隙間から入り込む風に無理やり当たってみたり、脱衣所の椅子に座って扇風機の風を受けたりと、「外気浴もどき」あるいは「内気浴」をするしかありません。外気浴を一番重視する「ガイキー」は、それではととのわないかも。「ガイキー」、今つくりました(笑)。


こだわり。

今日のテーマはこれですね。人にはそれぞれ「こだわり」がある。それは「自分らしさ」ともいえます。人に強要するものではなく、人から評価されるものでもなく、自分だけが楽しんで満足するもの。私はまだ「ととのう」ための自分のこだわりが何であるのかわかりませんが、好きなサウナ、水風呂、外気浴はある。それらと「ととのう」が一致する日を、今から楽しみにしています。


最近、

インスタやyoutubeなどで、サウナを疑似体験できるアイデアなどをよく目にするようになりました。家のお風呂でビニール傘をさしてオリジナル「サ室」を作るとか。「やってみた!」という投稿もたくさん見かけます。私はというと、実はまだ試していません。なんでも疑ってかかる性格なので、それをやってみて本当のサウナとの違いに虚しくなりそうな気もするし(暗い)、みんながいいということにすぐ乗っかるのは嫌だし(へそ曲がり)。でもあるもので楽しむ。本気で楽しむ。そういう人を見ているだけで楽しいのは確かです。そういう人が近くにいたら、こんな毎日でも笑って過ごせるんだろうな。

今はむしろ、こうでなければならないという「こだわり」をちょっと横に置いといて、「これでも案外いける」を探してみる。そんな心のゆとりや変化が必要なのかもしれません。


突然ですが。

今、眠れない人が多いと聞き、ちょっと自分のことを書こうと思いました。今日のテーマである「こだわり」も絡めて。

私がサウナ生活を始めたきっかけは、決してサウナが好きだったからではありません。サウナに行ったことはあったけれど、どちらかといえばサウナの後のビールやご飯の方が楽しみでしたから。サウナの本当の良さまでは理解していませんでした。noteもインスタも同じです。SNSで何を発信したらよいのかわからないし、そういうものは「自分には向いていない、できない」と思って手を出せずにいました。私はとても頑固でした。

でもあるとき、眠れない日が続いたんですね。思考がまったく働かなくなり、このままでは倒れるという所まで行って初めて、自分は本気で変わらなければならないと思いました。誰かがきっと助けてくれると人に依存し、どんどん落ちていく母を見ていましたから。本気で自分を変えるには、これまでと同じことをやっていたらダメだ。と言っても新しいことを一から始める気力はない。今さら何をやってもうまくいく気がしない。私にはできない。自分の中の後ろ向きな「こだわり」が、ここでも顔を出しました。無限のループにはまります。とにかくこの場所から動こう。何処かに行かなくちゃ。そう思って選んだのが、「サウナ」でした。

なぜ「サウナ」なのか。まず自分の知る中で最も一人になって考え事ができそうな場所だったから。ひとり旅も考えましたが、そこまでの気力もお金も時間もなく、サウナなら旅の気分も味わえるのではと思いました。そして私の一番信頼していた人がサウナを好きだったから。他にも理由があったかもしれませんが、今ではもう忘れてしまいました(笑) とにかくその時の自分にできそうな「新しいこと」が、これしかなかったのです。

実際に一人でサウナに行ってみて、最初は勝手がわからず戸惑いました。でも鏡に映る自分や、サウナにいて流れてくる汗をじっと見ていると、これまで自分の体をちゃんと見たことがなかったことに気がつきました。労ってこなかったと思いました。そしてその体がちゃんと水を欲して、食べ物を欲しているのを感じるのも新鮮でした。外に出た時の風の心地よさも幸福感も、「自分には向いていない、できない」という「こだわり」を捨てたお陰で手に入れることができたのです。睡眠も少しずつ取れるようになってきました。そしてその頃に書いたのがnoteの最初の記事、「埼玉で、私とあなたが整うまで」でした。サウナから私はもう一歩先へ、noteに進むこともできたのです。

今では「これでも案外いける」どころか、「熱いサウナが好き、冷たい水風呂が好き、サ飯とビールは必須」という前向きな「こだわり」までできました(笑)サウナに行けなくなった今も、「ことわざウナ」という新しいことを始めて、以前よりもたくさんの方に読んでいただけるようになりました。

本当にありがとうございます。


明日の生活もわからないほど追い詰められている方と、ただずっと眠れなかったという私とでは比較にならないことはわかっていますが、悩みのループにはまっている時は、自分の「こだわり」を捨てて「動く」ことがとても大切だと思います。新しいことを始めなくてもいいから、ただ体を動かす。一歩でも二歩でも前に足を出すだけでいいんです。それを繰り返すうちに、論理的に前向きに物事が考えられるようになる。その効果は脳科学的にも立証されています。

ただ、もしもうまく眠れず食べられず、何をする気も起きない日々が2週間近く続いていたとしたら、すぐに病院に行ってください。重度の鬱の母を長い間みてきた私が言うんですから確かです。それ以上放っておくと、元の生活に戻るために思っている以上の日数と努力が必要になります。もしまだそこまで日にちが経っておらず、このnoteの記事を読む気力があるというのでしたら、自粛の時でもできることを探して動いてみてください。自分にはこれしかできないという後ろ向きの「こだわり」は、ちょっと横に置いて。

と偉そうにいう私も、まだまだ発展途上なのですが。


長々と書いてしまいました。元気な方には関係のない話ですよね。ここまで読んでくださってありがとうございました。今日は1日かけてこの文章を書いたり消したりしていました。疲れた・・・。

私の話なんてどうでもいいですが、睡眠に悩んでいる方がいたら少しでも届くといいな、そしてこれからもしあなたが眠れなくて苦しいと思うようなことが続いてしまったら、この記事を思い出していただけるといいなと思って書きました。明日からは緩い「ことわざウナ」に戻ります。戻りたい(笑)


あ、ちなみに私がサウナに行き始めたことを知り合いや友達に言うと、大抵驚かれます。イメージにないのかもしれません。noteもインスタもやってることがバレたら、みんなもっと驚いて「寝耳に水」だよと言うかも。

ハイ。

いつものように無理やりまとめたところで、今日はこの辺で。

明日も「サチコのことわざウナ」でお待ちしています。


サウナのサチコより。







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