残酷なつわりのテーゼ
出産は何度でもしたいと書いたが、つわりは辛かった。
とんでもなかった。
こんなに辛いなんて聞いてない。
いつ終わるのかとそればかり考えていた。人によっては出産までと知り絶望した。
こんなのが10ヶ月続くの?!
あんまり辛いので、検索履歴はつわりのことばかりになった。気になって他の動物はどうなんだろうと調べてみたりもした。
妊娠期間が一番短いのはオポッサム。
なんと12日間で生まれてくるそうだ。
ハムスターは約20日。
犬は2ヶ月。
高望みはしないよ。
ハムスターになれたら最高だ。
犬の2ヶ月だって耐えられる。
なぜ私は人間に生まれてきたのか。
人として生きることに疑問を感じ始めた私の前に真打が登場する。
ゾウ、妊娠期間2年弱…!!
10ヶ月でうだうだ言っていた自分を恥じた。
しかも生まれたてでもゾウの赤ん坊は120キロあるんだそう。
ゾっとする…!!
ゾウっと…!!というダジャレ言うのが憚れる。
恐れ入った。
今度からは動物園のゾウを見上げるときにも真正面から真摯に見上げよう。
したいと思ってから妊娠するまで6年かかった。待望の妊娠だった。それでも、「軽い気持ちで妊娠したいって言ってごめんなさい」と神様に許しを乞いたくなるほど、つわりは辛かった。
妊娠10週目あたりから2週間、本格的に寝たきりになった。
何も食べられず、水を飲んでも吐く。吐くものが無くなって胃液を吐く。寝返りを打つたびに吐き気に襲われた。吐くたびに力むせいで、顔には怒責性紫斑というアザみたいなものがうっすら浮かんでいた。
その後、寝込むほどではなくなっても、口の中が苦いのは出産まで続いた。
「そっちがその気なら、こっちはいつでも吐く準備できてますからね!」
まさか自分の唾液に脅される日がくるなんて。
つわりが一番きつかった妊娠10週目-11週目あたりの2週間。私の唯一の生きる縁となった人がいる。
ギャル曽根ちゃんだ。
寝たきりの私が唯一楽しみにしていたもの。それは大食い番組を見ることだった。食べ物を粗末するのはどうか、とか、演者の健康上の問題など、大食い番組の存在の是否については様々ある。
しかしここでは一旦置いておこう。
このときの私にとっては大食い番組を見ること、もっというとギャル曽根ちゃんの食べっぷりを見るのが唯一の楽しみだった。
何も食べられない自分に比べて、大食い選手たちのあの頼もしさ。
その中でもギャル曽根ちゃんは別格だった。
底なしだ。
早さはない。
でも丁寧に、美味しそうに食べる。
尊敬と親しみの念を込めて、これ以降、曽根ちゃん、と呼ばせていただきたい。
私が寝込んでいた年末年始、ちょうど世界大会をやっていた。
曽根ちゃんは時間切れで外国人選手に負けた。けれどタイムアウト後も残さず食べていた。食べ方がとても綺麗だった。試合に負けて勝負に勝つとはこのことか。私は大食い番組で、初めて泣いた。
人が食べるところを見て感動して泣いた。
あんなに食べてもまだ余裕の顔をしている。信じられない。
他の人は苦しそうだったり、無理してないかな?と思うことがあるのだが、曽根ちゃんは違う。全然苦しそうじゃない。
ちゃんと咀嚼して食べている。
こちらはちょうど正月で、義実家の集まりに顔を出した夫に海老の寿司なら食べられるかも、と買ってきてもらって半口、飲み込もうとして戻してしまったところだった。
情けない。
曽根ちゃんと比べて私の胃袋の情けなさはどうか。
美味しい食べ物を美味しく食べることができなくなってしまった。
悲しい。
私もつわりが終わったら、曽根ちゃんのように食べられる日がくるだろうか。いや、来ない。私は食いしん坊ではあるが、凡人レベルだ。胃腸だってもともと弱い。
曽根ちゃんほどには食べられなくても、美味しいものを美味しいと食べられた日々が懐かしい。
なんと幸せなことだったんだろう。
骨身に染みた。
曽根ちゃんがもりもり食べる姿に励まされ、ブログを読むようになるほど、曽根ちゃんのことが好きになった。
大食い番組でまさか涙を流すことになろうとは。
妊娠とはまことに不思議な現象だ。
妊娠期間中はささいなことで落ち込んだり、ピンチに追い込まれたりする。
私の担当の先生はおおらかな先生で、
カフェインをとってしまった!
肉を食べたらレアだった!
酒粕汁に酔ったかもしれない!
もう終わりだ!といちいち絶望する私に、
「そんなんで終わってたら人類滅亡しちゃうねぇ」
と穏やかな笑顔で受け止めてくれた。
「妊娠期間中の食事が子どもの知能にも影響する」というSNSの投稿には大いに落ち込んだ。
まあそうなんだろうけど、でも仕方ない。
食べられなかったんだもの。
食べても吐いてしまったんだもの。
いつか我が子がテストで0点とってきても怒らないでおこう。
今日もきっとどこかで妊婦がえずいている。
大食い番組見るとスカッとするよ。
あと数ヶ月、頑張ってね!!
ゾウに生まれなくて良かったよね!!