ろまんチック❤ヒコーキラプソディー⑤
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第5話 《世界一周の旅の始まり》
深夜1:00羽田発フランクフルト行きの便の8割方座席は埋まっているようだった。
印刷されたeチケットを見ていたら、本当に世界一周なんて出来るのだろうかと急に怖くなった。
今年還暦を迎える私、幸子は40年勤めた会社を退職したばかりだが、いっしょに旅する人も、いっしょに人生を歩む人もいない。
もうずいぶんと働いたのだから、健康年齢でいられるうちに今まで出来なかった贅沢をしよう。
今までは仕事の休みに合わせて韓国や台湾などの海外旅行しかしたことがなかったが、ようやく自由な時間が出来たのだ。
思いきって(世界一周航空券)で、約2ヶ月のプランを立てた。
イタリア→ポルトガル→ブラジル→メキシコ→アメリカを西周りして、最後は沖縄に行く計画だ。
場所はちょうど雑誌で特集を組まれたところを適当にチョイスしてみた。どの国も行ったことはない。
日程も途中で変更可能なので、細かな予定は旅をしながら決めるつもりで、ホテルもまだ予約していない。
これまでは先のことまでしっかり考えて行動していたが、もうそんなにキッチリすることもない。毎日が日曜日とはこのことだ。せめて、旅くらい、気の向くまま動いてみようと決めたのだ。
どうせ、誰も待っている人は居ないのだから、途中気に入った国で永住するのもいいのではないか?
あ、不法滞在になるのかな?そんないい加減な考えも新鮮だ。
離陸直前の飛行機の窓ガラスから滑走路や誘導灯をぼんやり見ていると
「失礼します」
と上の棚にスーツケースをすべりこませて背の高い男性が隣の席に座った。
トイレに立つ時、声をかけなければならないのが、少し億劫だなと思ったが、隣に座った男は不快ではなかった。どこかで会ったような感じもしたが、あまりジロジロ見るわけにもいかない。
その男はシルバーグレーのゆるいウエーブの髪で日本人には見えなかったが、離陸後しばらくすると日本語で話しかけてきた。
男「一人旅ですか?」
わたし「はい」
飲み物サービスが始まり小瓶の白ワインをプラカップに注いでいると男が突然、
「プローチダに行くといいですよ。」と言った。
男「プローチダでのあなたはタフでしたからね。5人の子どもたちも立派に育てました。」
???
私は、何を言っているかわからなかったので、曖昧に微笑んだ。もしかしたら外国人で日本語がうまくしゃべれないのかも。
「あなたはタフでした」
??
それは誰のことを言っているのだろう?もしかしたらあなたというのはこの男の妻なのか?
男「プローチダに行った後はポルトで、ヴィーニョ·ヴェルデを飲むのでしょう?あなたはポルトで1番の酒飲みでファドを良く歌っていた。」
同じ白ワインを飲んでいたのか、プラカップを差し出し、乾杯のような仕草をしたので思わずこちらもカップを合わせてしまった。
ちょっと変な人なのかもしれない。
あまり、関わらないようにしよう。
と、eチケットを広げ、フランクフルトから乗り継ぎでイタリアに入るための予定を考え始めたとき、
男「そういえば、今回もサルヴァドールでカーニバル参加するのかな?あの時代は豊かでした。ただ踊って暮らしてましたね。」
わたし「あのー、すみません。おっしゃってることがわからなくて、さる、さるばどーる?何かのお人形ですか?」
男「わっはっは、、、あなたは、おもしろい」
男はスマホををポケットから取り出し、私に写真を差し出してきた。
男「バイーアでは、いつも遠くから見ているだけだったけど、セドナの家ではいっしょに住めてあの頃が懐かしいよ。」
私はこれ以上、おかしな人間に関わりたくなかったので寝たフリをしようとしたが、なぜか目がかゆくなって涙が止まらなくなった。ぬぐってもぬぐっても、悲しくもないのに涙がこぼれ出てくる。
薄暗い機内なのをいいことに目を閉じ、窓に頭を寄せ寝たフリをすることにした。涙はまだ流れ続けている。こんな機内で泣く女、どれだけ私は孤独なんだろう?
いや、悲しくて泣いていると思われたくない。目がかゆいので涙が流れているだけなのだ。
男は独り言のように
「グアナファトで絵描きをしていたわたしに、良く尽くしてくれた、ありがとう」とつぶやいた。
相手にしているとこっちがおかしくなりそうだった。
寝たフリをしていたら、本当に寝てしまったようだ。
フランクフルト着陸態勢のアナウンスで目が覚め、横を見るとあの男が居なくなっていた。
トイレか?それか、他の座席に移動したのかもしれない。
男は着陸しても、隣の席に戻ることはなかった。
乗客がどんどん降りていく中、男が機内の棚の荷物を取りに来ることもないので、CAさんに声をかけた。
私「あの、私の隣の席の人が、荷物もそのままで居なくなったのですが、、、」
CA「17Cですね。確認いたします。」
もう、大半が飛行機を降りた頃、CAさんが、こちらにやってきて
CA「お隣のお席は、空席でしたがどなたかがお座りでしたか?」
わたし「え、でも荷物が、、、」
頭上の棚を開けてみると、スーツケースは無くなっていて、1枚の紙切れが落ちてきた。
その紙切れには、男が隣の座席で、語っていた地名?都市?町の名前が書かれていた。
男は居なくなったが、もしかしたらどこかで又会えるような気がしていた。
プローチダ
ポルト
サルヴァドール
グアナファト
セドナ
那覇
フランクフルトからイタリア、ナポリに行く乗り継ぎ時間で、プローチダはナポリから船で行けるということが検索してわかって、不思議と、この島に行かなくてはと思ってしまった。
時間はあるのだ。
知らない地名ばかりが並んでいるけど、何となく行かなくては!という気持ちになってきた。
そして、プローチダ と検索してみたらいくつかの写真が出てきた。
なぜだかとても懐かしくなるような光景の画像で、心臓が痛くなるような気持ちになる。
ここを訪れてみよう。
そうして、この紙切れに書かれた場所を順番に巡ってみよう。
何といっても、私は自由なのだ。
どこに行っても何をしても。
こうして幸子の世界一周の旅は始まったのだった。
「ろまんチック ヒコーキラプソディー」
終。
※この物語はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
※《世界一周航空券》
各アライアンスで異なります。
スターアライアンスはマイル制。29,000マイル以内、34,000マイル以内、39,000マイル以内の3段階運賃を採用。最低旅行日数は10日、有効期限は1年。
ワンワールドは大陸制。3, 4, 5, 6と訪問大陸の数に応じて4段階運賃を採用。最低旅行日数はエコノミークラスにのみ存在し、10日。有効期限は1年。
※《プローチダ島》
映画『イル・ポスティーノ』の舞台にもなったナポリからフェリーで1時間ほどの島で、夏はたくさんのリゾート客が訪れます。
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