森喜朗氏の女性軽視発言報道を見て思うこと
女性軽視とも捉えられる発言をして、森喜朗氏が東京五輪・パラリンピック組織委員会会長から引責を表明した。
組織のトップに座し、それが国内外からも注目される団体であれば、ことさら自分の発言がどのように扱われるべきかということを念頭に起き言葉を選ぶべきである。
また、「女性が・・・」「男性は・・・」といった人間を何らかのカテゴライズをするような発言においてはなおさらだ。
今回の森氏が発言した「女性がたくさん入っている理事会は時間がかかる」
といった言葉には唖然とした。
女性がいようがいまいが、時間がかかる会議はある。時間がかかる要因は女性という性別にあるのだろうか、、と憮然とした。
ただ、この一連の事柄の報道を見ながら、私は違和感があった。
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多方面からの抗議を受け退場となった森氏。当然のようにその情報がネットやTVから押し寄せてくる。彼がこの発言を受けてオリンピックの組織委員会から姿を消すこと自身には自然の流れのように考える。
だが、どこか釈然せず、しこりが残り気持ち悪いのだ。
ダイバーシティだ、女性活躍だと謳われる昨今。性差による差別やアンコンシャス・バイアスの排除など、様々な取り組みが行われ私達は子供の頃に受けてきた教育に加えて倫理観のアップデートをしている。
その取り組みの賜物であろう、森氏の発言の軽率さや重大さには気づけることができた。しかし、この賜物は昨今の取り組みだけのものではないと感じている。
1985年に制定された男女雇用機会均等法。
アラフォー世代の私は何気なくその恩恵を受けて就職し働けている。また、男女雇用機会均等法が制定されたことを考えると、私が子供時代だった1980年後半には「性差での区別・差別はしてはならない」といった潮流がありまた「女性でも社会で活躍・貢献できる」といったことが、しっかりと認知され始めた時代だったと考えられる。
そのため、子供頃から「男女平等」は当たり前である前提で教育を受けている。つまり、性による差別はしてはいけない、という教育をされている世代のため、理解する受け皿が自分には生成されていたのだ。
一方で森喜朗氏の場合はどうだろうか、と考えを巡らせてみた。
1937年7月生まれの83歳。太平洋戦争の終戦が1945年のため8歳までは、戦前の軍事教育を受けている。今のような感覚での「男女平等」といった価値観は乏しい状況だったと安易に想像はできる。
戦前や戦後直後において、「男女平等」で「女性でも社会で活躍・貢献できる」ということを真剣に考えそして願い、それを体現していた女性は間違いなく存在していた。だからこそ今現在、女性が男性と同等に渡り合えるまでの環境を整えてくれたのだ。
ただここで思うのは、森氏が幼少の頃に受けた影響は、そういった女性の存在があったにせよ、男性第一主義であっただろうな・・・と、思いを馳せる。
もちろん、森氏の青春時代だった戦後は社会の女性進出が盛んになった時代ではあるが、「男性が女性にチャンスを与えて、それを女性が活かす。」といった方程式の中で多くの女性は活躍していたことは否めない。
加えて戦前戦後で活躍していた女性は、特別な存在だったのではないかと考える。例えば、今で言う宇宙飛行士や首相になるような女性くらいのランクではないだろうか。
自身の能力や努力は然ることながら、やはり家庭環境や人との巡り合いなどの運も兼ね備えている。実力・環境・運の三拍子が揃って初めて、その座に登りつめるといった具合のものだ。
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持論について少し視点を変えてみたい。
私には98歳になる祖母がいる。大正12年生まれで、祖母が受けた教育は戦前も戦前だ。高齢ではあるが、ちょいちょい新聞も読み、頭も年齢の割にはハッキリと働かせている女性である。
その祖母が、森氏の発言によるにュースなどを見ながらボソッと、「これは、何が問題なのかしら?」と呟いた。
ニュースなどで取り上げられたことをきっかけに、SNS等での投稿などで様々な人たちが声を上げているのを、どこか違和感があり冷ややかな気持ちで見ながらも、私自身も、彼の発言そのものは、女性特有の特性・特徴でもなければ、見下したような要素が感じられて、組織のリーダーとしての資質以前に、社会一般的な常識が欠如しているな、という感想をもっていた私は、祖母の呟きが理解不能だった。
「男女平等」で雇用機会均等法の恩恵を受けに受けまくっている私には、女性を軽視するような発言を、公の場で、しかもそれなりの立場の人間が発したことは、私の目には許されない事にしか写っていなかった。
なぜ、祖母がこの出来事について問題視できないのかが、すぐには理解できなかった。
しかし、一連のニュースが終わり次の話題に移ったとき、「その場にいるってことが認められているのに・・・ね。」と残りの言葉をこぼした。
そのこぼれた言葉を拾った私は、何かにお腹をグッと押し込まれた気分になった。それと同時に、世間が騒いでいることに対して、どこか冷ややかに思ってしまう違和感の理由も頭の中で整理できた。
祖母が世間が問題としている理由に疑問をなげかけている部分は、
彼の発言そのものに対しては、
”森氏による発言は女性を意識した上での発言で、そこに存在しているということを示している。それだけでも、十分にありがたいことではないか。”
ということであった。
祖母の青春時代は戦争のど真ん中で、男性ありきで色んな組織や考え方が成り立っていた時代。
そんな時代を生き抜いた方々からすると、男性の嫌味は女性が活躍しているという証拠で、勲章だったのだ。そんなことを、身近な人から教わった。
そしてこれは、大きな気付きにもなった。
問題発言を取り出さしている我々は、森氏達世代が受けてきた教育や影響視点で考えられているのだろうか。
彼の発言は立場上、そして今の時代では決して許されるものではない。
その部分は揺るぎなく自分も持っている。
違和感となっていたのは、森喜朗氏の発言を排除しようとする世間の動きだ。
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私たちの生活や考え方は、過去や歴史の上にある。ということは、その過去に影響されながら生きて来た人たちが必ずいるのだ。
ダイバーシティというのは“多様な考え方、生き方をしている人たちを認め、そして誰もが生きやすい環境を構築する”というのが、目的なはずだ。
であればこそ、森氏の発言に対しては「そういった考えを持っている人もいる」という事を認め、そういった考えを持っている人たちとの共存を考えることが先決で必要である。
彼の発言に目くじらを立てて「ダイバーシティの理に反する」といった内容で抗議している人たちは、どこかでダイバーシティの目的とは反対の行動をしている人たちが目立つ。
自分の意見や考え方とは違うものを認めず排除するのは簡単だ。そして、今までそういった形で社会をまとめ上げていた。結果、マイノリティ思考の人たちが置いてきぼりになり、社会の歪が大きくなっていったのだと私は理解している。
その反省から、大多数の考え方が正しく、少数の意見は受け入れないとしてきた世の中を改め、少数派の考え方や生き方も認める社会や文化を形成し、醸成させようとしているのだ。
だからこそ、女性軽視の発言はいかがなものかと思いつつも、その意見を排除するのではなく、軽視する原因はどこにあるのか、ということが報道され、色んな人が考えるべきなのではないだろうか。
※あくまでも個人的な見解です。
※森氏の発言は許されない内容であり、女性軽視発言を容認しているわけではないです。