映画感想文「愛に乱暴」日常の違和感に蓋をしてやり過ごす女の鬱屈と末路。原作吉田修一
見ないように蓋をする。
日常の些細なあれこれ。そこでの「あれ?」という違和感や感情を逆撫でするような不協和音。それらがまるでなかったことのように、きっちりと蓋をしてやり過ごす。
代わりに、毎朝ルールに則ってゴミをだし、部屋を整え、丁寧に料理をする。そうすれば全てを無かったことにできるとばかりに。
そんなある女の物語である。
桃子(江口のりこ)は夫マモル(小泉孝太郎)と2人暮らし。毎日手の込んだ料理を作り、夫のワイシャツにアイロンをかけ、健康管理も含め、夫に尽くす。そんな専業主婦だ。同じ敷地内に住む姑(風吹じゅん)の面倒もよく見る。つまり世間で言うところの良妻賢母だ。
しかし、彼女は満たされていない。なぜなら彼女の奉仕に対し、夫も姑も彼女が思うほどには感謝が見えないからである。
でも当たり前だ。桃子は文句がつけられない良き妻、良き嫁であるが、夫や姑が期待しているのはそこではない。自分視点で尽くしていても相手の満足は引き出せない。
悲しいほどに少しずつ、すれ違っていく3人。
本当は3人ともに違和感に気付いている。それでも誰も口にしない。一度口にしてしまえば抜き差しならぬ状況に陥るから。
原作は吉田修一の小説。未読であるが楽しめた。
江口のりこはこういう、捉えどころのない腹に一物持った不穏な人物を演じるのが上手い。設定としては適役である。こちらは割と想定内の良さ。
なのだが、特筆すべきは夫役の小泉孝太郎。最初誰だかわからなかった。いつもの笑顔の好青年ぶりを封印しての演技だったからだ。
そこまで悪人ではない。でも相手に向き合う勇気がない。できれば不都合なことはやり過ごしたい。という微妙に不誠実な男を演じている。
その振る舞いは無意識に人を傷つける。だけどね、いるよね、こういう人。というどこにでもいそうな普遍性がある男。けど演じるのは案外難しい。これが、驚くほど絶妙な説得力ある演技なのだ。
これを堪能するだけでも観る価値あり。今後も彼の作品を見たいと思わせてくれる演技である。
ちなみに主な登場人物である3人のうちの残るひとり、姑役の風吹じゅんもとてもうまい。この姑の子育てだったり旦那との向き合い方の過去が透けて見える演技。更にいくつになっても華がある。さすがである。年齢を重ねても声がかかる実力とは、こういうことだとしみじみ恐れ入った。