映画感想文「SICK OF MYSELF」荒唐無稽なのにありそうな、ピリリと辛い物語
自分の話だけする人が嫌いだ。
ちゃんと順番を守ってよ。みんなに平等に時間を分けてよ。と脳内で舌打ちする。
でも、わかっている。
大義名分の裏にある本音は、単なる嫉妬であることを。
子供の頃、食卓の話題の中心は幼い妹や弟達だった。我れ先にと話し始める彼らを交通整理するのが、役目だった。
主人公になることはない。それはビターな経験だ。
だから透明人間から抜け出そうともがく、この荒唐無稽な物語を笑えない。
コーヒーショップの店員として働くシグネは、埋没する寂しさを抱えていた。
パーティでは誰も彼女に目線を向けない。友人達とのディナーでも彼女の話に耳を傾ける人はいない。
誰かがいつも話題をさらっていく。彼女と関係ないところで、次々楽しげな会話が進んでいく。
ちょっと待って。私の話を聞いてよ。叫びは届かない。
建築家や編集者や芸術家の友人たちはみな、語るべき何かを持っている。同居する彼氏のトーマスもアーティストで最近注目を浴び始めてる。
ひとりだけ、取り残されている。
そんな焦りを抱えるある日、事故に遭遇。思わぬ注目を浴びる。
それは、めくるめく快感だった。味をしめた彼女は、その体験を再現しようと画策する。さて、何をするのか。
話題の中心になりたいがために、自らの健康な肉体を傷付ける、あり得ない異常者の話。
そんな人いないよねー。おかしいよねー。と片付けたいのだが‥笑い飛ばせない怖さがある。
ラストに向けて明かされていく彼氏の異常さも寒い。
人はひとりでは生きられない。かと言って人からの承認を餌に生きることは、どうしようもなく危うい。を描く、ピリリと辛い物語。
エグい内容だが、悪趣味に軽快に描かれており不思議に重くない。ブラックジョークに笑い、ノルウェーのオスロの街の美しさに癒される。
そして観終わったあとに、ふと、ああひと事ではないのかもしれない、と思い当たる。そんな作品だ。
カンヌ国際映画祭ある視点部門ノミネート作品。個人的には好きな部類の作品である。