映画感想文「春に散る」プロボクサーテスト合格の横浜流星のなりきりぶりが素晴らしい
スポーツ選手の旬は短い。
だからこそ、その輝きは美しい。そしてその一瞬を見逃すまいと大衆は一喜一憂する。
中でも身体の消耗が激しいボクサーは、特に競技人生が短いスポーツだ。
本作はその過酷さがリアルに痛感できる物語である。
ボクサーとして頂点を目指していたが、不公平な判定に気持ちを削がれ、引退。渡米してホテル事業で成功を収めた広岡仁一(佐藤浩市)がある事をきっかけに、40年ぶりに帰国。
居酒屋での喧嘩をきっかけに出会ったボクサー志望の黒木翔吾(横浜流星)に弟子入りを懇願され、最初は断るものの、かつてのボクサー仲間とともに指導にあたる。
最初は衝突するものの、厳しい訓練を重ねる中で、2人の間には親子にも似た強い絆が生まれていく。
挫折した男が若者と共に再び夢を目指していく、という定番物語。原作沢木耕太郎。
この作品の見どころはまず、本物かと見紛うほどのリアルな試合シーン。
横浜流星がプロボクサー試験に合格したというニュースも出ていたが、そりゃそうでしょうね。の見事な仕上がり。
対する窪田正孝、坂東龍太も同様で、彼らの試合シーンは映画史に残るくらいの、リアルさだった。
そして見どころ二つ目は演じ手達の役への適合度の高さだ。
今まで真剣に生きてきたのに初老にして惑う。というこの年代の迷える男を演じさせれば一流の佐藤浩市のうまさはいうまでもなく素晴らしい。
彼のボクサー仲間の片岡鶴太郎もいい。
みなさん好演なれど。名前をあげたいのはこの3名。
まず、主演の横浜流星。やっぱりこの人には、何かに飢えた、鋭い目つきの役が似合う。
同棲してる彼女(広瀬すず)を愛するが故に束縛し、心が離れそうになると引き止めようと暴力振るうDV男を、そうそう、こういう人いる。という説得力で見事に体現した「流浪の月」とか。
金持ちの家の長男として生まれるが、同族企業のしがらみに嫌気がさし、銀行員になる道を選ぶ、常に感情に溺れず冷静沈着な男を演じた「アキラとあきら」とか。
何しろ、目の演技が素晴らしいのだ。瞳の暗さや目線で感情を表現することができる稀有な俳優だ。だから、こういう強い思いを持った役が似合う。
本作でもその本領を存分に発揮していて見応えがあった。
そして、びっくりしたのは橋本環奈。
佐藤浩市の姪を演じている。
この人はいつも明るくおきゃんな役が多い。だからこんなに暗くて静かな薄幸な役は初めて見た。
これがまた、見事にはまっており、驚いた。ノーメークに近いやつれたようにも見える表情で淡々と演じ切っていた。本作でいつもと違う彼女を見ることができる。薄幸役、かなりいけると思う。
最後に坂井真紀。
ちょっと人生に疲れた年代の、50歳前後の母役が続くが、幅広いバリエーションの役柄設定にも関わらず、いずれも好演。
「ロストケア」の痴呆症の親の介護に疲れ果てたシングルマザー役。「水は海に向かって流れる」の娘を捨て幸せな再婚をしたことに罪悪感に持つ主婦の役。「逃げきれた夢」の夫との中はとうに冷え切りパート先の雇い主との浮気をしている母役。
他にも何作か、この一年私が観た映画だけでも見かけているが、いずれも、生活感と色気の同居がすごい(どっちかだけを演じられる人はいっぱいいると思うけどこの、二つはなかなかいない)。しかも、たとえ蓮っ葉な役でも上品さが漂う清潔感がこの人にはある。
本作でも、子供に愛情を持ちながらも生活に追われ何もしてやれない、ガソリンスタンドで働く貧しいシングルマザー役を好演。生活疲れた感&それでもそこはかとなく女を感じさせる演技が絶品だ。
個人的にはこの3人の出る映画は今後も観ようと思っている。
ということで、映画館で観て損のない力作である。
熱い気持ちになりたい時、人生に疲れた時におすすめ。
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