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映画感想文「ある一生」誰もが何者かになろうとする現代において、稀有な清々しさ
いつの頃からだろう。
何者にもなれないと悟ったのは。
だけどその後幾ばくかの静かなる絶望を経て、いま思う。そもそも、何者かであろうとする必要があるのだろうか。
これはそんな問いを肯定してくれる、ある男の80年の物語である。
オーストリアのアルプス地方。孤児であるエッガーは母の兄家族に引き取られる。自らも不幸な叔父はその鬱憤を晴らすかのようにエッガーをこき使い、虐待する。
しかし彼は、そんな生い立ちにも関わらず、自らの境遇を嘆くでもなく淡々と目の前のやるべきことをやる。そんな邪念なき真剣さが尊く美しい。
その後も過酷な労働、不幸な事故、戦争、など次々と彼を不幸が襲う。もちろんその合間にひとりの女性との出会いや甘い幸せもある。
でもいつもあるがままを、静かに受け入れる。
そんな彼の生き様は、現代を生きる私たちの視界で見ると、物足りない。だから、つい思ってしまうのだ。あまりにも受け身すぎる人生ではないかとか、自らのキャリアを考えてなさすぎなのではないか、と。
だけど、それね。必要なのかね、と疑義が生じる。
誰もが何者かになろうとする現代。むしろ彼の人生は清々しく高潔に見えた。