映画感想文「トノバン 音楽家加藤和彦とその時代」70年代80年代の音楽シーンが懐かしい
その昔「いい女」の代名詞だった。
作詞家でエッセイストの安井かずみ。
アグネス・チャン、小柳ルミ子、西城秀樹、沢田研二など、流行歌の作詞家。ananなどの雑誌に夫の加藤和彦と共に、憧れのエスタブリッシュメントなカップルとして登場することが多かった。
だから、私の中では加藤和彦は安井かずみの旦那さん、という認識。そして共感ポイントが全くない違う世界の人、であった。
大変失礼ながら、この映画で多くの人に影響を与えた偉大な音楽家だったことを知った。
1960年代に「帰ってきたヨッパライ」で衝撃的なデビュー。解散後も北山修と共に「あの素晴らしい愛をもう一度」をヒットに。その後も当時としては他に類を見ない、米国で売れた日本人バンド、サデスティック・ミカ・バンドを作った人。
吉田拓郎や泉谷しげるや竹内まりやのプロデュースをした人。高橋幸宏や松任谷正隆の才能を見つけ、共にバンドを組んでいた人。
たくさんの人達が彼にお世話になった。そんな友人や仕事仲間が彼を語る。いずれも誰もが知ってる音楽家たちだ。ということで、15年前に62歳で突然命を絶った彼を仲間が追悼した、ドキュメンタリー映画である。
何しろ晩年の彼しか知らない身としては、若い頃の映像のカッコ良さに驚き、これは魅力的だわと痺れた。
ヒョロリとした高身長。頭が小さくて足が長くて、八頭身。甘いマスク。例えて言うなら俳優の向井理みたいな感じなのだ。
更にファッションセンスも良く、おしゃれ。そこに立ってるだけでスタイリッシュ。そして溢れる才能。作曲や演奏や歌やプロデュースをこなす音楽は勿論のこと、ファッションや料理などにも精通しており、何をやらせても器用にこなしたという。
歌う姿が頻繁に出てくるが、本当にイキイキと生命力に溢れている。そんな彼がなぜいつの間に絶望に追いやられてしまったのか、謎は解けない。そんな闇が、切なくやりきれない。
誰にも真実は分からない。でも学生時代からの盟友の北山修(精神科医でもある)の語る、きっと彼はこうだったんじゃないかな。これがいちばん、腹落ちした。
ラストに彼の曲をみんなで演奏して歌う。ファンでもなかった私でさえも感極まるラストは温かさと切なさに溢れ、泣ける。