映画感想文「美と殺戮のすべて」社会と戦うある写真家の壮絶な半生を描くドキュメンタリー
誰もが親に向いてるわけではない。
本作をみると、痛いほどよくわかる。
女性写真家ナン・ゴールデン。彼女が大富豪サックラー家に挑んだ戦いを描いたドキュメンタリー映画。
サックラー家は医療用麻薬のオピオイドを製造している製薬会社のオーナーだ。医療手術の際に鎮痛剤としてこのオピオイドを投与され重症な中毒患者になった彼女は、2017年に中毒者の支援団体を立ち上げる。
なんと、全米で約50万人がこのオピオイドが原因で亡くなっているという。
映画の冒頭、メトロポリタン美術館の前で抗議デモを行う姿が登場する。この美術館にはサックラーの名を冠したゲートがある。その前での抗議運動。
この大富豪一家は様々な慈善団体や美術館に多額の寄付をしているのだ。その金を受け取っている美術館へNOを突きつける。
大きな権力を相手に凄いエネルギーである。そしてこの映画で描かれるのは、抗議運動そのものではなく、その彼女のエネルギーがどこからもたらされたか、の彼女の半生である。
親の強烈な支配と拒絶。
それが彼女を形作った。詳細に語られるその人生は、とても切ない。今年70歳になる彼女がどうしてここに行き着いたかが丁寧に描かれている。
毒親である父母も映像に登場する。それらの親子の偽りのシーンがひたすら恐ろしい。
子供への仕打ちに無自覚。無邪気な母親。
それを世の中に平然とこうして晒す娘。
ここまで曝け出すなら、すでに両親はいらっしゃらないのだと思う。それでもここまでの憎悪。
きっとそこまでの辛さだったのだ。こうやって総括したかったんだろう。
そしてその幼少期があったからこその才能の開花。皮肉である。
しみじみ人生の成功や幸せの定義の難しさを思う。
アカデミー賞長編ドキュメンタリーノミネート作品。見応えある作品である。
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