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純喫茶リリー /純喫茶リリー#1

“石を投げれば喫茶店に当たる”——この辺りの地域はそう呼ばれている。
だけど、ここでも石を投げてもなかなか当たらない喫茶店がある。
それが「純喫茶リリー」だ。
大通りから一本奥の路地裏にひっそりと佇む赤いテントのお店。
外から見ただけじゃ想像もつかないが、店内は予想以上に真っ赤だ。
小さくてこじんまりとしているけど、いったん入ると、その赤さに圧倒されることだろう。

カウンターに4席、4人がけのテーブル席が2つ、3人がけのテーブル席が1つ。そして、一番奥の窓際に、昔ながらのインベーダーゲームのテーブルがポツンと一台。
この店が、地元のちょっと変わった人たちのたまり場になっている。
リリーは見かけ以上に特別な場所だ。
お客さんが17人で満席になる、ちょっとした箱庭のような空間。
でも、その魅力は計り知れない。
何しろ、リリーはただの喫茶店じゃない。真っ赤な異世界だ。

ママの趣味なんだろう、床も椅子も壁紙も、ぜーんぶ真っ赤。
ただし、その赤い空間の一角には、少し不格好なカラーボックスがある。
このカラーボックス、本当は白だったけど、ママの娘・律子が赤いスプレーで塗ったのだ。
6歳の律子が頑張って塗ったそれは、ムラだらけの赤い本棚になった。
赤い液体がところどころ垂れたムラは、血を連想させて飲食店には似つかわしくない。でも、この本棚もリリーの個性の一部だ。

律子:「ママ、あの本棚、もう一回上から塗れば、もうちょっときれいになるかも…」
ママ:「いいの、いいの。誰もそんなところ見てないし、気にしてないでしょ?」
律子:(本当にそうかな?でも、まぁ、ママがそう言うならいいや…)

普段はFMラジオが流れているリリーだけど、日曜日の午後3時だけは別。
ラジオから競馬中継が流れてくると、お客さんもしーんとなる。
赤い空間が突然、緊張感に包まれるように。
そして馬がゴールすると同時に、歓声と落胆のぼやきが混ざり合う。
そして客が少ない時に、たまに流れるママの大好きな甲斐バンドのカセットテープ。
ママがその曲に合わせて鼻歌を歌うと、リリーの赤がほんの少し柔らかくなる。

律子:「ねえママ、なんでお店の名前がリリーなの?」
ママ:「名前に意味なんてないよ。意味をつけてもしゃーないし。
あんたの名前だって意味なんかないよ、名前負けするだけじゃん」
律子:「…」

そんなこんなで、純喫茶リリーは、今日も静かにその赤い光を放ち続ける。きっとまた、怪しい光に引き寄せられて、怪しい人がふと立ち寄るのだろう。


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まさだりりい
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