ほんのすきまから、よんだら旅をしたくなる。
行楽日和が続いた。
今年のカレンダーは祝日と相性が良く9月から三連休が三週おきにあり、10月も終わる今週末また三連休が待っている。
連休ならばいつもと違うことがしたくなる。
旅行好きというか、用事があって遠出するついでにその土地のことを調べて観光地を見たりグルメを堪能するようになったのだが、それも立派な旅行だと気付いたら、出かける前にとことん調べて楽しむようになった。
9月は大阪と京都を歩き、まだ暑さの残る喧騒の中、慣れた友人の案内の元ほぼひたすら食べ歩いた。
10月は広島へ行き、人生初の原爆ドームに目頭熱くなりながらも、渦巻く感情を包み込むような地元の方々のあたたかさに救われた。
『ほんのすきま』というタイトルにする以上は本の話をしたいのだけど、夏の終わりから秋にかけての連休はずっと旅をしていたのでこう書き出したい。そして『雨の日、ほんのすきまに。』で紹介させていただいた大好きな作家、吉田修一先生のエッセイ連載が15年の時を経て終了されたことへの感謝をまとめたいと思う。
『あの空の下で』
https://www.amazon.co.jp/あの空の下で-集英社文庫-吉田-修一/dp/4087466973
ANAの機内誌『翼の王国』を読んだことがあるだろうか。シリーズはそちらで連載されていた。
掲載開始当初はエッセイではなく短編小説で、この本に収まる12編に、それぞれどこか寂しさを抱える男女の出会いや別れがリズミカルに描かれている。
人生という旅を通して生まれる新しい感情は、自分自身の知らない一面を知るきっかけでもあると教えてくれるような一冊。
巻末から淡々と続くエッセイは吉田修一氏の訪れる国の幅広さにも驚かされる。
『作家と一日』
シリーズ順にすれば『空の冒険』を紹介すべきだが割愛させていただき、全編エッセイとなるこちらの魅力を書きたい。
「作家の一日など退屈極まりない」から「作家と」一日というタイトルになったこの本には、吉田修一氏らしい風景描写と、一日という時間の尊さが散りばめられてる。
海外旅行先のホテルにこもって現地のバラエティを見ていたり、ビーチからパトカーに乗せられたり、仕事場で愛猫に癒されたり、空港で見る人の背中に思い馳せたりどこが退屈なんだと言いたくなる日常からにじむ、あたたかさ。
「エッセイ読みました」と声をかけられると、必ず「どこへ行ったんですか?」と聞き返す氏が愛する作家として空の旅を愛する気持ちが心地よい一冊。
オタクとしては、舞台『パレード』のエピソードで久しぶりに行定勲監督との時間を伺い知れることも嬉しい。
『泣きたくなるような青空』
『最後に手にしたいもの』
ほぼ同時に発売されたこの二冊に、コロナ禍で外に出ることを憚られた窮屈な心が癒やされた。
空を見て泣きたくなる。
植物が光合成をしないと生きられないように、人も太陽の光を浴びなければ生きていけないと思う。
太陽は空とともにあるから、人は空もなければ生きていけない。
富山でリア王を観たりニューヨークで桜を見たかと思えば、冬の仕事部屋でエアコンもつけずに足元のヒーターだけで小説を書いている吉田修一氏の学生時代の夏の過ごし方。言葉を追うごとに空が見えてくるこのエッセイを、風の通るカフェで読んだ日のことは忘れないだろう。
『ぼくたちがコロナを知らなかったころ』
ニャンともかわいい表紙の二匹は吉田修一氏の愛猫である、金ちゃんと銀ちゃんだ。
エッセイにもたびたび登場する彼らは、氏の人生においても執筆活動においてもかけがえのない存在となっており、「祝!」テレビで紹介されたこともある。しかしこれまでのエッセイと決定的に違うのは愛猫について語る章の多さだった。
国内でも海外でも芝居を観たり、作品の取材のために歌舞伎の黒子として舞台裏を見学したりと、旅行はもちろんアクティブな小説家でありながら愛猫に振り回される一面ものぞかせる。
旅に出て人と出会うことの尊さと同時に、家の中にいても自分の人生を変えてくれる存在を噛み締める大切さを教えてくれる一冊だ。
『素晴らしき世界〜もう一度旅へ』
氏のエッセイシリーズで一番期待していたことが、最終巻であるこの一冊で叶った。
『太陽は動かない』という、初の長編スパイ小説が映画化され、我が最愛の俳優である藤原竜也さんが主役に抜擢。撮影の一部は東欧ブルガリアで行われた。そのロケに原作者として、氏も参加しておられたのだ。メイキング映像で知ってからこのエッセイでいつか書いて欲しいと願っていたところ、ついに叶ったので大喜びで読む。
初めて訪れたというブルガリアへの愛着も、馴染みの編集者の方への茶目っ気も、撮影現場への緊張感も、吉田修一らしい言葉から伝わってくる。
ああいいな。ブルガリア、行きたいな。
オタクとしてファンとしてニヤニヤしていると藤原さんから氏に絡みに行くこともあったという一文に思わずガッツポーズをした。
短編小説とエッセイから、その目に映る日常を読ませていただいてきたこのシリーズで、時には人間の恐ろしさや、愚かさ、悲しさを強く打ち出してくる吉田修一という作家のらしさを知ることができた。
事件ニュースを見て構想を浮かべるように会話する人を見て、過去を振り返って、猫たちとあそんで、氏の書く小説は出来上がっていく。
なによりも、読み続けてきたこのシリーズからは「好きだ」と叫ぶことの大切さを教えていただいた。
旅に出たくなるだけではない。
自分の好きなこと、好きな人の話を
大切な人としたくなる。
読んだときの景色と共に胸に刻まれる文章をありがとうございます。
連載15年、おめでとうございました!