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響子と咲奈とおじさんと(25)

  晋平 人としての辛さ

オフィスビルの間を進む男性二人。見るとスポーツウエアを着ている。肩にはワンショルダーバッグ。ジム帰りだろうか。
あるビルの一階にあるレストラン。ランチ営業中の看板。
奥まった場所の、中庭が見える場所のテーブルへと通される。
「ここのねえ、ナポリタンとハンバーグセットが美味しんだ。」
「じゃ、それ、お願いします。」

「咲奈さんは大学生?、どこ?」と須藤。
「ハイ。中央法科大学です。」と咲奈。
「ああ、中央法科かあ~。あそこの法学部はそこそこ難しい所だな。」
「なかなか連いていけません。じたばたしてます。ウフ。」
「それよりさあ、何で君たち、知り合いなの?いい加減教えてよ。」と小林が割って入る。
「しつこいなぁ~。粘着質の年寄りは嫌われるぞ。」
「あの、クリスマスに晋平さん、いえ高杉のおじさんと食事をしてたら、須藤さんがいらしてて、、、それでご挨拶させて頂きました。」と咲奈から話した。
「え、、、高杉さん?、、、、高杉晋平さん?、、、で、貴方が、、、、咲奈さんって言うの、、、あ、そう。そうなの、、、」
小林の暗くなった表情が印象的だった。が、直ぐに鼻で深呼吸の様に息を吸ったかと思ったら、
「で、高杉さん、元気?」無理したような笑顔だった。
「ハイ。お元気ですよ。」と咲奈。
「うん、良かった。それは良かった。」と小林は目を伏せた。
「あの~、、、晋平さんの事、事故の事、お伺いしても良いですか?」と咲奈。
「……」二人とも、黙り込む。暫くの沈黙。目線は外だったり、テーブルの上だったり。
その時、頼んだナポリタンとハンバーグセットが運ばれてきた。
「さあ、冷めないうちに頂こう。美味しいよ。ここのハンバーグはシェフが浅草の洋食屋さん時代に会得したそうだ。」
「……頂きます。」【おじさんも、このお二人も話そうとしない、、、そりゃそうだよね。二人も亡くなったんだもんね。】と無理やり自分を納得させる咲奈。

「咲奈さん、何で知りたいの?……遠縁なら少しは聞いて無いかな?」食事が終わった時、須藤が咲奈に問いかけた。
「……すみません。嘘ついてました、、、遠縁じゃないんです。……パパ活で知り合って、お付き合いって言うか、今、援助して頂いています、私。」
「お、パパ活?、そう、、、そういう事だったの。……高杉さんからは聞けないの?」二人とも驚いた表情。
「奥さんや娘さんの事、聞こうとするとはぐらかすんです、いつも。だから、、、聞いていないんです。」
「それなら、高杉さんが自ら話すまで待った方が良いな。」小林が言う。
「咲奈さんは、事故の事聞いてどうするの?」と須藤。
「……聞いちゃいけない事とか、持ってっちゃいけない話題とかあるんなら、知っておきたくて、、、知らないより知っていた方が、晋平さんが機嫌悪くならないかなって、思って、、、」
「……うん、高杉さんの事、大事なんだね。……羨ましいな、、、うん、少し話してあげよう。咲奈さんの為になるなら、、、」
「おい、須藤。良いのか?高杉さんに何か考えが有るんじゃないのか?」
「……多分、高杉さんは失う事が怖いんだと思うんだ。だから、必要以上に近づかない様にしてる。だから、話さないんじゃないかな?、、そんな気がするんだ。」
「ハイ、晋平さん、距離を取ろうとされてます。会える回数も増やそうとしてくれないし、期間も卒業までだって、、、」と咲奈。
「うん、咲奈さんが大事なんだな、、、惚れちゃったんだな、、、、、、うん、話してあげようか。」


5年前のある土曜日。高杉由香は、咲奈を学習塾へ送って行っていた。 
今日は3ヶ月に一度の実力テストの日。好成績を残せば日々の指導が変わる。
有名大学への合格者数が増えれば、学習塾にとってこれより勝る宣伝効果は無い。
志望校が難関であればあるほど、合格ラインに近ければ近い程、目を掛けて貰え、要所要所でのアドバイスが増える。そういう事は、入塾した時から始まっていた。

その日の朝、晋平と由香、咲奈はちょっとした喧嘩をした。
「良いじゃんっ。みんな持ってんだし、、、私だけママの携帯借りてラインするのメンドイよ~。」
「ダメです。まだ早いわ。3年になったら考えます。機種代だって、月額料金だって高いし、、、なんか言ってよ。パパっ。」
「う~ん、、、そろそろ良いかなって思うけどさ、、、まだ早い様な気もするし、、、分かんないからママと相談して。」
「も~、またそうやって私に押し付けるっ!」
「押し付けてないよ。決められないだけだし、それに俺が決めても、ママが良いよって言わないと何も決まらないし、、、」
「いっつもそんな事言って、パパったら逃げてばっかしっ!」
「だって、事実じゃん。俺、もう行くから。」
「いつも私を悪者にするんだからっ!……どっちにしても、咲奈っ、まだだからね。」
「あ~あ、欲しいなあ~、、、アイフォン、、、新機種、、、」

午後3時30分。晋平の個人携帯へ着信。発信者に名前の出ない番号のみ表示された。
「はい。もしもし?」
「こちら、高輪署交通課の相沢と申します。高杉由香さんと高杉咲奈さんはご家族の方でしょうか?」
「……え、そうですけど、、、由香と咲奈が何か、、、」
「国道26号の高輪西交差点で事故に会われまして、、、それで、身元確認をお願いいたしたく、、、港中央病院までご足労頂けますでしょうか?」
「……はあ~、、、身元確認?……ど、どういう事ですか?ぶ、無事なんですか?ま、ま、まさか、、、」
晋平、所長の山形に「事故に会ったみたいだ。」とだけ告げて、慌ててタクシーを拾い、病院へと急いだ。
病院の受付で、「高杉です。家族が事故に会い、こちらに運ばれたと聞きました、、、」と告げると、近くに居た制服警官が近づいて来た。
「高杉さんですか?ご案内します。今、処置中です。」
「しょ、処置って、、、」
制服警官に連れられて、救命救急室の隣にある部屋へと入る。
ベッドが2台あり、それぞれへ由香と咲奈らしき物体が寝ていた。
正確には由香は顔が確認できたが、咲奈は確認できないほど頭が損傷していた。
顔のわかる由香の胸の辺りがへこんでいる。シーツを恐る恐るめくると、すっぽりと胸の辺りが無かった、

二人とも青白い色をしている。身体中の血が亡くなったのかなと晋平は思った。
この辺りから晋平の記憶が飛んでいた。
後から聞いた話では警察からの事故状況の説明。病院の処置内容と費用の説明。事務員からの役所への届け出の説明。葬儀屋の挨拶。保険会社からの手続き代行と弁護士費用の説明とかあったらしいが、やっぱり覚えていない。
説明を受けている最中に、事故の当事者(この時点では被害者、加害者の区別がついていなかった)の家族の方が来てくれたらしいが、やっぱり覚えていない。
夕方から事務所の山形所長と事務の南条さんが来てくれた。
葬儀を翌々日としてくれたらしい。葬儀会場へ二人を運ぶまで、病院で預かってくれることにしてくれていた。
翌日、葬儀会場へ二人と移動した。由香の両親や弟夫婦が駆けつけてくれた。
晋平の両親は他界している。近県に住む妹夫婦が来てくれた。
通夜と葬儀は、義弟夫婦と妹夫婦が滞りなく行ってくれた。
病院と役所関係、支払い等は山形所長と南条さんがしてくれた。
御遺骨は由香の両親が暫く預かってくれることになったらしい。
その間、晋平は晋平では無かった。色んな人へ挨拶をしたり、受け答えをしてはいたが、支離滅裂で記憶も無い状態だった。


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