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広島協奏曲 VOL.2 尾道・流れ星 (10)

  葬儀

12月26日 深夜、父から電話。母の容態が急変。「もう駄目じゃろう、多分、、、。」との事。
急いで三次中央病院へ向かった。
個室に移ってた母の傍には、父と祖母が居た。
ベッドの横にある機械は動いていて暫く静かな時が過ぎる。機械からのチャイム音のみ病室に響く。
翌27日 午前9時過ぎ、担当医が病室を訪れ、父と何やら話始めた。幾つか言葉を交わした後、父が頭を下げた。
そして祖母、雅恵に向かってそれぞれ小さく頷く。二人とも小さく頷き返す。

父は電話をし始めた。母の自宅への移送と葬儀の相談依頼を葬儀屋へと、講中(こうぢゅう)への母の死亡の連絡をした。
祖母は親戚の何件かへ電話をしている。
雅恵は、病室にある母の荷物を自分の車へ運び始める。
病院への支払いは、後日リース業者の計算が出来てからと事務員が来て説明する。
暫くして、雅恵は祖母を乗せて自宅へ向かう。会話は無い。
雅恵は、自宅の仏間と続きの客間を掃除し始めた。

午後、講中(こうぢゅう)の人たちが集まり始める。近所の人達でもある。
父が母と一緒に帰宅。仏間へ運び込まれる。葬儀屋さんはそのまま隅に座る。
講中の人たちが寝かされた母を前に手を合わせ、何人かが般若心経を小声で唱えていた。
葬儀の打ち合わせが始まった。
祖母が仕切っていた。
「通夜は明日夕方6時から、葬儀は明後日の11時からでええですかいのぉ?」
講中と葬儀屋さんから、「よろしゅうございます。」の声。
「うちの主寺は”妙心寺”さんじゃけ。福徳寺と悠泉庵さんとの三か寺でお願いします。」
「へじゃ~、連絡しときますわ。」講中の人が答える。
「初七日は式の後で。火葬場におる間の食事は仕出しを取りますけぇ。邦夫さん、頼みますよ。」「はい。」父が答える。
「通夜と葬儀は会館でお願いします。初七日は自宅に戻ってからにしますけぇ。」
「へじゃ、会館への移動は明日の午後、伺いますわぁ。」葬儀屋さんが答える。
「妙心寺さんへはその旨、言うときゃんす。」と講中の人。
一切を祖母が仕切っていた。
講中と葬儀屋が帰った後、暫くして妙心寺の住職が訪ねてきた。
「この度は、誠にお寂しい事で、、、。拝まさせて頂いてもよろしゅう御座いますかな。」
「こりゃ、こりゃ、妙心寺さん。わざわざ来て貰おてすみゃんせんのぉ~。」祖母が答える。
母の横に座り、お経を唱えて下さった。
「妙心寺さん、お願いがございます。……法名を一つ、良えのを付けて下さらんですか?。」祖母が頼む。
「判りました。……通夜は明日でしたかいのぉ。それまでに考えさせて頂きます。」
「よろしゅう~お願いします。礼は改めて後程で、、、。」

夜、客間にある座卓に祖母が座り、その前に父と雅恵。
「雅恵っ。判っとると思うが、お前が後を引いて貰う事になるんじゃけぇの。」やや強い口調で祖母は話始めた。
「初盆が過ぎたら、見合いをして、”むかわり”(一周忌)迄にゃぁ、決めて貰うけぇのぉっ。」
雅恵は【……やっぱりな。】と心の中で呟いた。
「ええかっ!、雅恵っ!。お前が次の当主じゃけぇなっ。」祖母が語気を強めて言う。
「お父ちゃんが居るじゃんっ!。」雅恵も語気を強めて言い返すと、
「邦夫さんは、お前に繋ぐ為にしっかりやって貰うっ!。ええなぁっ、邦夫さんっ。」
「……はい。」弱弱しく父が言う。
「わしゃ、今日はくたびれた。……もう寝る。」祖母は言いたい事だけ言って自分の部屋へ戻った。

父と雅恵は台所に戻る。「一杯、飲むか?」と父は雅恵に言う。
「……うん。ちょっとだけ、、、。」
父は徳利へお酒を入れ電子レンジで温め始めた。
「雅恵。……さっきの話じゃが、おばあさんの言う通りにせんでもええど。
 お母ちゃんとも話したんじゃが、もう時代は変わっとるけぇ、ええ人が居ったら嫁に行ってもええんで、、、。」
「……うん。でも今居らんもん。」
「居るみたいな事、よったでぇ。お母ちゃん。」
「……まだ、判らん。……付きおうてもおらん。……縁が無いかも知れん、、、。」
「……そうかぁ~。まっ、焦んな、ええ事もあるわい。」
「うん。」
二人で、会話の弾まない酒を酌み交わした。

村上には、夕方、LINEをしておいた。
”お母ちゃん、亡くなった。”
”式は明後日。”
村上からの返事が夜中に届いていた。
”悪かったな。力になってやれなかった。すまん。”

その夜は、母が寂しがらない様に母の横で寝た。明け方、何人かの訪問があった。
それぞれ寝ている家人に遠慮し、起きてこない内に見送りをしようとする人、講中以外の家に嫁に来た人達だった。
翌々日の葬儀には、富田社長と事務員の安藤さんが来てくれていた。
挨拶もそこそこに、会釈だけで帰っていった。

葬儀後、そのまま会社は特別休暇として休み、正月を迎えた。
いつもの正月であれば、屋敷に「神主」を招き、仏間の隣の客間にある神棚へ祝詞をあげて貰い、酒や料理でもてなしているが、今年は母の忌中でもあり、招く「神主」さんも90歳と高齢な為、見送った。
祖母も見合い話を始めるにはまだ早いと思っているのか、親類縁者への電話はしていない。
生まれて初めて、静かな正月を迎える事が出来た雅恵。


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