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過失割合の修正要素「既右折」

ある交通事故解説系Youtubeチャンネルで、過失割合の説明があり、既右折の説明が誤っていることに気づいた。以前も間違えており、つい先日も再度間違えているようであった。誤った情報を拡散する行為はよくないと横目に見つつ、過失割合における既右折とは何かということをまとめることとした。

以下、道路交通法を単に法と略記する。

なお、交通法規や法の専門家ではないので、正確性は紹介書籍、さらに正確性を望むなら弁護士相談や保険会社に勤めるご友人との会話などで補完してほしい。


はじめに

交通事故の過失割合は、大雑把には以下の2つから構成される。

① 事故態様の分類別に決定される標準的な過失割合
   → 基本過失割合
② 基本過失割合が想定する標準的な事故態様から外れる要素
   → 修正要素

この記事では、②修正要素のひとつである「既右折」とはどのようなものかを解説している。

過失割合の総合的な説明は、以下の記事にまとめてある。

なお、この記事は以下のつぶやきの補足でもある。

既右折が絡む事故態様

過失割合の算定に用いられる『別冊判例タイムズ38号』から、既右折が絡む事故態様を抜粋すると、以下に分類される。【】内の番号は事故態様を表す番号であり、四輪車同士の事故のものを抜粋している。

① 交差点、右直事故
  【107】【109】【110】【114】
② 交差点、左方直進車と右方右折車の事故
  【116】【117※】【119】【120※】【122】【123※】【125】
③ 交差点、左折車と対向右折車の事故【134】
④ 路外施設、直進車と路外への右折車との事故【149】
⑤ 路外施設、左方直進車と路外からの右折車との事故【147注】

※マークは、その事故態様のうち、「左方直進車と右方右折車の事故」となる場合に限定して「既右折」となり得ることを意味する。

『別冊判例タイムズ38号』の四輪車同士の事故より
修正要素「既右折」を含むものを抜粋

言葉では分かりにくい部分があるので図示すると、以下のとおりである。図で見ると分かりやすいところ、④の衝突態様は①と同じ、⑤の衝突態様は②と同じである。

事故態様分類①②③④⑤のイメージ

①④は交差型、②③⑤は合流型といえる。
そして、②⑤は直進右折合流型、③は右左折合流型といえる。

交通事故解説系Youtubeチャンネルでつい先日解説されていた事故態様は、以下⑥のものである。上図に含まれていないことが分かると思う。⑤の事故態様分類と似ているものの、直進車と右折車の関係性が逆である。この事故態様分類⑥には、既右折は適用されない。

事故態様分類⑤⑥のイメージ
⑤=左方直進車と右方右折車
⑥=右方直進車と左方左折車

以降の説明では、上記①②③④⑤と⑥について、修正要素「既右折」を掘り下げていく。

事故態様分類①④(交差型)

事故態様分類①④(交差型)のイメージ

事故態様分類①は交差点における右直事故、事故態様分類④は路外施設への右折車との右直事故を表す。衝突の態様は①と④で同じである。そのため、まとめて記すこととした。事故態様ごとの違いは、本節の後半で説明する。

既右折が設けられている理由と成立条件

この事故態様に既右折が設けられている理由は、以下のように記されている。

(2) 修正要素について
シ 既右折
 直進車が交差点に進入する時点において、右折車が右折を完了していること又はそれに近い状態にあることをいう。
 右折車と対向直進車・対向左折車との関係及び右折車と左方直進車との関係では、右折車の右折開始の時点が早ければ、直進車・左折車としてもそれだけ事故回避措置を取り得る余地が大きくなるから、右折車に有利な修正要素としている。

『別冊判例タイムズ38号』p.205

書籍に明記はないものの「右折車が右折を完了していること又はそれに近い状態」を図示するなら、右折車が以下の状態になっている必要があると思う。右折車が下図より手前にいる状態を「右折車が右折を完了していること又はそれに近い状態」とはいえないと思う。


「右折車が右折を完了していること又はそれに近い状態」とは

この図を見れば「右折車の右折開始の時点が早ければ、直進車……としてもそれだけ事故回避措置を取り得る余地が大きく」といえることも、それによって過失修正が掛かることも、理解できる。

これは、交差道路の直進同士の事故に似た衝突態様だと思う。狭い交差点では、交差点出口付近でないと既右折は成立しないと思う。他方、もっと広い交差点なら、交差点途中で既右折を満たしそうである。

右直事故を紹介した記事を作成したことが過去にある。それは、片側3車線+右折レーン1車線の道路から片側1車線道路に右折する、その右折車と直進車の事故であった。

後の節で説明するところ、その右直事故は直進車赤信号のため、既右折の適用はない。このような交差点で青信号右直事故があれば、直進車の位置が第1通行帯どころか第2通行帯の場合ですら、既右折があり得そうに思う。

以下、もう少し掘り下げて説明する。

既右折が適用されない事故態様

既右折が適用される可能性がある交差点右直事故【107】【109】【110】【114】は、それぞれ以下の態様である。

【107】=双方青信号で交差点進入
【109】=双方黄信号で交差点進入
【110】=双方赤信号で交差点進入
【114】=信号なし

『別冊判例タイムズ38号』の四輪車同士の事故より一部を抜粋

交差点右直事故には、上記以外の事故態様もある。それらを記すと以下になる。以下には、既右折は適用されない。

【108】=直進車黄信号、右折車青信号で交差点進入、黄信号で右折
【111】=直進車赤信号、右折車青信号で交差点進入、赤信号で右折
【112】=直進車赤信号、右折車黄信号で交差点進入、赤信号で右折
【113】=直進車赤信号、右折車青矢印で交差点進入

『別冊判例タイムズ38号』の四輪車同士の事故より一部を抜粋

【108】【111】【112】はいずれも、右折車の交差点進入と右折開始で信号状況が異なるケースである。とくに青信号で交差点進入している【108】【112】は、交差点内で右折待機している典型的なケースといえるだろう。

これらに既右折が適用されない理由は書籍に明記はないところ、直進車に交差点進入が許されておらず、基本過失割合に織り込み済みということだと思う。これらでは、右折車の既右折の成否に関わらず、直進車は信号を理由に停止しなければならない。そのため既右折の成否は過失程度に影響しないということだと思う。

なお【108】の状況、つまり直進車黄信号でも、青信号→黄信号の変わり目であれば、直進車には交差点進入が許されている。しかし、上に記した図で分かるとおり、既右折が成立するには右折車が右折を開始してから多少の時間を要する。右折車が黄色を確認してから右折を開始し、さらに既右折が成立するほどの時間経過がある状況では、直進車に交差点進入が許されるような信号の変わり目というのは考えにくいだろう。その結果、やはり【108】でも既右折が適用されないということだと思う。

修正要素が適用される場合の修正値

信号規制がある場合+10%に比べて、信号のない交差点【114】では+20%と高くなっている。これは以下のように説明されている。

 信号機により交通整理の行われていない交差点では、信号機により交通整理の行われている交差点の場合に比べて、直進車の速度が遅いのが通常であり、直進車に避譲の余地が大きいことから、この修正値を高くした。

『別冊判例タイムズ38号』事故態様【114】p.237

この理由は路外への右折車には適用されないため、路外への右折車との事故【149】は、信号規制のある交差点と同様、+10%どまりである。

衝突態様分類②⑤(直進右折合流型)

事故態様分類②⑤(直進右折合流型)のイメージ

事故態様分類②は交差点における事故、事故態様分類⑤は路外施設からの右折車との事故を表す。衝突の態様は②と⑤で同じである。そのため、まとめて記すこととした。事故態様ごとの違いは、本節の後半で説明する。

既右折が設けられている理由と成立条件

既右折の意味は前節のとおりである。

(2) 修正要素について
シ 既右折
 直進車が交差点に進入する時点において、右折車が右折を完了していること又はそれに近い状態にあることをいう。
 右折車と対向直進車・対向左折車との関係及び右折車と左方直進車との関係では、右折車の右折開始の時点が早ければ、直進車・左折車としてもそれだけ事故回避措置を取り得る余地が大きくなるから、右折車に有利な修正要素としている。

『別冊判例タイムズ38号』p.205

書籍に明記はないものの「右折車が右折を完了していること又はそれに近い状態」を図示するなら、右折車が以下の状態になっている必要があると思う。右折車が下図より手前にいる状態を「右折車が右折を完了していること又はそれに近い状態」とはいえないと思う。

「右折車が右折を完了していること又はそれに近い状態」とは

この図を見れば「右折車の右折開始の時点が早ければ、直進車……としてもそれだけ事故回避措置を取り得る余地が大きく」といえることも、それによって過失修正が掛かることも、理解できる。

右直事故のイメージとはかなり異なる。それは「右折車が右折を完了していること又はそれに近い状態」になる状況での直進車との関係性が、右直事故とは異なるからである。既右折が成立する状況で、右直事故の場合はほぼ直行するように衝突しているのに対し、この図では追突するように衝突している。この点、書籍にも説明がある。この点は本節の後半で触れる。

以下、もう少し掘り下げて説明する。

信号規制

信号がある場合には、信号規制が強く働く。事故態様分類②は交差道路から進入する車両同士の事故であり、両方に交差点進入が許されることはないため、どちらかに信号の違反があることになる。

そのため、事故態様②の態様であっても既右折の適用はない。前節の【108】【111】【112】【113】に既右折が適用されないことに類似する。

 信号機により交通整理が行われている交差点では、相互の優劣関係は信号表示により明らかであるから、基本的には、信号機により交通整理の行われている交差点における直進車同士の出会い頭事故の基準(【98】~【100】)を準用する。……

『別冊判例タイムズ38号』p.238

ただし、ここでいう信号規制とは「信号機により交通整理の行われている交差点」を意味するため、点滅信号の場合は既右折が適用され得る。

 信号機が設置されていても、黄点滅信号や赤点滅信号が表示されているだけの交差点は、信号機により交通整理が行われている交差点に当たらない。

『別冊判例タイムズ38号』p.238

交差点進入の位置関係

この記事の冒頭に事故態様分類⑤と⑥を紹介した。

事故態様分類⑤⑥のイメージ
⑤=左方直進車と右方右折車
⑥=右方直進車と左方左折車

どちらも直進車と右折車の事故であるところ、⑤は直進車が左方車、⑥は直進車が右方車となっている。このうち、既右折は直進車が左方車の場合にだけ適用される。

書籍では以下のように解説されている。

② 既右折の意味・内容については、本章序文(2)シを参照。
 直進車Aが左方車に当たる場合(図イの場合)(当方注、事故態様分類⑤)のみに適用し、直進車Aが右方車に当たる場合(図ロの場合)(当方注、事故態様分類⑥)には、いわば出会い頭事故であるから適用しない
 ……

『別冊判例タイムズ38号』【147】注②

これは路外出入車の事故だけでなく交差点事故でも同じである。

② 既右折の意味・内容については、本章序文(2)シを参照。
 直進車Aが左方車である場合には、右折車Bの右折開始の時点が早ければ、直進車Aとしてもそれだけ事故回避措置をとり得る余地が大きくなるから、直進車Aについて加算修正する。したがって、直進車Aが右方車である場合には、考慮する必要がない

『別冊判例タイムズ38号』【116】注②

『別冊判例タイムズ38号』の構成上、既右折が絡む事故態様で、直進車が左方車と右方車で事故態様を分けているものと分けていないものがある。

一例を記すと……

信号のない同幅員の交差点では、直進車が左方車の場合は【116】、直進車が右方車の場合は【115】である。このように分けて分類されている。このうち、直進車が左方車である【116】だけが、既右折が適用され得る事故態様である。

直進車が広路の場合は、直進車が左方車と右方車のどちらも【117】に分類されている。しかしそのうち、直進車が左方車である場合だけが、既右折が適用され得る事故態様である。

上記の点をまとめると以下となる。既右折が適用される可能性があるのは以下のうち太字のものであり、いずれも直進車が左方車の場合に限っている。「直進右方車と直進左方車が併記」と記されている事故態様でも、直進車が左方車の場合だけに適用され得る。

信号なし交差点(丁字路を除く)
【115】=同幅員の交差点(直進右方車)
【116】=同幅員の交差点(直進左方車)
【117】=直進車が広路(直進右方車と直進左方車が併記)
【118】=直進車が狭路(直進右方車)
【119】=直進車が狭路(直進左方車)
【120】=右折車側に一時停止規制(直進右方車と直進左方車が併記)
【121】=直進車側に一時停止規制(直進右方車)
【122】=直進車側に一時停止規制(直進左方車)
【123】=直進車側が優先道路(直進右方車と直進左方車が併記)
【124】=右折車側が優先道路(直進右方車)
【125】=右折車側が優先道路(直進左方車)

路外からの右折車が絡む事故
【147】=直進車と路外から右折車との事故
(直進右方車と直進左方車が併記)

直進車と路外からの右折車との事故は【147】に分類されている。そして下図のように、両方の事故態様が同じ図にまとめて記されている。そのうえで直進車が左方車である場合(図イの場合)に限定されると明記されている。

事故態様【147】の図
書籍とは上下逆である点はご容赦

② 既右折の意味・内容については、本章序文(2)シを参照。
 直進車Aが左方車に当たる場合(図イの場合)のみに適用し、直進車Aが右方車に当たる場合(図ロの場合)には、いわば出会い頭事故であるから適用しない。
 ……

『別冊判例タイムズ38号』【147】注②

事故態様【147】のように直進車が左方車の場合と右方車の場合の両方を含んでいるものについて、ネットで過失割合を調べると、上記の限定が記されていないサイトがある。

原典となる書籍を確認せずにそのようなサイトの情報を見ると、直進車が右方車の場合にも既右折が適用されると誤解するかもしれない。

記事作成のきっかけとなった交通事故解説系Youtubeチャンネルでは、『別冊判例タイムズ38号』を出典と記して解説していることがある。そのことから『別冊判例タイムズ38号』に準じて解説しているのだと思う。それにしては、この手の間違った解説をしばしば見る。原典たる書籍の記載内容をしっかり読み込んでほしいものである。

「明らかな先入」「頭を出して待機」との関係

既右折が適用され得るのは、直進車が左方車である場合だけと説明した。では、直進車が右方車の場合にはどのように扱われるのか。

交差点での修正要素のひとつに「明らかな先入」がある。これは、交差点への進入が明らかに早い車両がいれば、その相手となる車両の過失が増えるというものである。より具体的な判断基準は以下となる。

(2) 修正要素について
ク 明らかな先入
 通常、衝突地点、衝突部位等により明らかとなるが、双方の速度差に留意して総合的に判断する必要がある。例えば、広路車と狭路車との衝突の場合は、狭路車が通常低速であり、ほとんど常に狭路者が先入となろうが、これが全て修正要素とされるわけではない。広路道の通常の速度(制限速度内)を基準として、狭路車の交差点進入時に直ちに制動又は方向転換の措置をとれば容易に衝突を回避することができる関係にある場合に限って「明らかな先入」として修正する
 ……

『別冊判例タイムズ38号』p.204

事故態様【117】には「明らかな先入」が記されている。右方直進車が広路、左方右折車が狭路の場合に、この修正要素が設けられている。同じ【117】には「既右折」が並んで注記されている。これらを読み比べると、「明らかな先入」と「既右折」が排他的であることがわかる。

④ 明らかな先入の意味・内容については、本章序文(2)ウを参照。
 直進車Aが右方車である場合(図ロの場合)には、出合い頭的色彩が濃いから、直進車Aに加算修正するが、直進車Aが左方車である場合(図イの場合)には、既右折の修正が適用され得るから、この修正要素を考慮しない。

⑤ 既右折の意味・内容については、本章序文(2)シを参照。
 直進車Aが左方車である場合(図イの場合)には直進車Aについて加算修正するが、直進車Aが右方車である場合(図ロの場合)には、考慮する必要がない(【116】の注②を参照。)。

『別冊判例タイムズ38号』【117】注④⑤

交差点ではなく、路外から右折の場合、「明らかな先入」は設けられていない。代わりに「頭を出して待機」が設けられている。

① 路外車Bがそろそろ出てきて、道路に少し頭を出して待機した後、発進して事故になった場合である。

『別冊判例タイムズ38号』【147】注①

修正要素の方向性としては「明らかな先入」と同方向だろうと思う。相手から見えやすい態様であれば、その分過失は減じられるということであろう。前記同様、「頭を出して待機」と「既右折」もまた、排他的といえる。

追突との関係

少し上でこの既右折は追突のようだと記した。実際、右折完了後の時間的距離的間隔によっては追突と扱われる。

 路外車Bが道路外から道路に出るために右折を完了したとたんに直進してきた直進車Aに追突された場合に、この修正をする。これに対し、路外車Bが右折を完了してしばらく直進した後に左方から直進してきた直進車Aに追突されたときは、その間隔が大きければ完全な追突となり、その中間の場合には、具体的事情に応じて、本基準による既右折修正をした場合の数値と追突事故の場合の数値との中間値をとって解決する。

『別冊判例タイムズ38号』【147】注②

この説明を見ても、既右折が追突に類似する事故態様を扱うものであることがわかると思う。

【147】の基本過失割合は、直進車20:右折車80。「既右折」+10%を考慮して、直進車30:右折車70。典型的に適用されるものには「頭を出して待機」「幹線道路」「徐行なし」「合図なし」「速度超過」あたりがあり得る。「既右折」に加えて「頭を出して待機」「15km/h以上の速度超過」でやっと直進車50:右折車50というものであり、およそ直進車有利といえる。

対して完全な追突は直進車10割過失であるため、【147】+既右折とは有利不利が逆転する程度に変化する状況にある。直進車の立場にとって注意しておきたい態様のひとつである。

修正要素が適用される場合の修正値

信号なし交差点の修正値は、事故態様に関わらず+15%とやや多くなっている。信号規制がある場合は、前記態様での直進車と右折車が双方青信号ということは考えられず、信号規制に応じた事故態様が優先する。また、丁字路の場合には、既右折の適用はない。

路外からの右折車との事故の修正値は+10%である。

「既左折」との関係

事故態様分類②⑤は、直進車に合流するような右折車との事故だった。この左右逆の事故態様が気になるところである。この点を確認した。

左方左折車と右方直進車で「既左折」はあるのか

信号なし十字路の場合は【126】【127】【128】【129】に分類、
信号なし丁字路の場合は【139】【140】【141】【142】に分類、
路外からの左折車との事故の場合は【148】に分類される。

信号なし十字路【126】【127】【128】【129】に「既左折」なる修正要素は記されていない。「明らかな先入」への言及はあるものの、修正しないことが明記されているのみである。

④ 明らかな先入の意味・内容については、本章序文(2)クを参照。
 左方車Aが明らかな先入をしている場合の事故態様は、通常、追突形態となり、直進車Bが方向転換等の措置をとることによって容易に衝突を回避することができると考えられるから、具体的事情に応じて直進車Bの著しい過失等において勘酌するのが相当である。したがって、本基準では「Aの明らかな先入」としては修正しない

『別冊判例タイムズ38号』【126】~【129】注④

信号なし丁字路【139】【140】【141】【142】も「既左折」なる修正要素は記されていない。十字路よりは若干、直進車が基本過失割合で有利となっており、ただし十字路とは異なり、一部の態様には「明らかな先入」の適用があり得る。

路外からの左折車との事故【148】も「既左折」なる修正要素は記されていない。「頭を出して待機」があること、左折完了後の時間的距離的間隔によっては追突と扱われることは、本節の上部に記した路外からの右折車の場合と同様である。

事故態様分類⑤(右左折合流型)

事故態様分類②⑤(右左折合流型)のイメージ

事故態様分類③は、交差点における左折車と対向右折車の事故を表す。交差点における事故態様分類①②は、信号有無や優先関係や幅員広狭などで事故態様が細分化されているところ、事故態様分類③は事故態様【134】のみである。

既右折が設けられている理由と成立条件

既右折の意味は前節のとおりである。

(2) 修正要素について
シ 既右折
 直進車が交差点に進入する時点において、右折車が右折を完了していること又はそれに近い状態にあることをいう。
 右折車と対向直進車・対向左折車との関係及び右折車と左方直進車との関係では、右折車の右折開始の時点が早ければ、直進車・左折車としてもそれだけ事故回避措置を取り得る余地が大きくなるから、右折車に有利な修正要素としている。

『別冊判例タイムズ38号』p.205

書籍に明記はないものの「右折車が右折を完了していること又はそれに近い状態」を図示するなら、右折車が以下の状態になっている必要があると思う。右折車が下図より手前にいる状態を「右折車が右折を完了していること又はそれに近い状態」とはいえないと思う。

「右折車が右折を完了していること又はそれに近い状態」とは

3つの図のうち、中央の図は合流の衝突態様をやや感じるものの、全体的に交差の衝突態様が色濃いと感じる。

事故態様分類②⑤(直進右折合流型)のところで、追突の様相が色濃いことに触れた。しかし、事故態様分類③(右左折合流型)では直進車の代わりに左折車となっている。左折車は対向右折車に比して圧倒的に遅く、右折車への追突とはなりにくい。そのため、既右折が成立する場面では、右折車の左側面に衝突する態様が主であろうと思う。

なお、2車線以上の広い交差点の場合、両車が同じ車線を目指すようなことがない限り、事故とはならないだろう。これには別の修正要素が絡んでくる。その観点は別の記事で過去に解説している。

修正要素が適用される場合の修正値

修正値は+10%となっている。

④ 既右折の意味・内容については、本章序文(2)シを参照。
 本基準の基本の過失相殺率は、左折車Aの速度が遅いことを前提としているので、既右折の場合には、左折車Aが方向転換等の措置をとることによって容易に衝突を回避することができると考えるから、これを修正要素とした。

『別冊判例タイムズ38号』【134】注④

事故態様分類①④(交差型)のうち、信号のない交差点は+20%だった。それと同様の解説にしては、修正値は抑えめな感がある。以下は、事故態様分類①④(交差型)の信号のない交差点における修正値の解説である。

② 既右折の意味・内容については、本章序文(2)シを参照。
 信号機により交通整理の行われていない交差点では、信号機により交通整理の行われている交差点の場合に比べて、直進車の速度が遅いのが通常であり、直進車に避譲の余地が大きいことから、この修正値を高くした。

『別冊判例タイムズ38号』事故態様【114】注②

書籍に記されていない要素でも、納得し、自分なりの結論に達したものもある。たとえば事故態様分類①④(交差型)の【108】【111】【112】【113】に「既右折」が適用されない点など。しかし、この事故態様分類③の「既右折」の修正値が+10%どまりという点には納得できていない。

「明らかな先入」との関係

左折車の「明らかな先入」は適用されない。基本過失割合に織り込み済みとされている。この部分は納得である。

⑤ 明らかな先入の意味・内容については、本章序文(2)クを参照。
 本基準の基本の過失相殺率は、双方の車両とも徐行又はそれに近い減速をしていることを前提としているから、先入関係を問題とすれば、ほとんどの場合に左折車Aが先入していることになる。したがって、左折車Aの明らかな先入は、既に基本の過失相殺率において考慮されているものとして、修正要素とはしない

『別冊判例タイムズ38号』【134】注⑤

その他の事故態様

右折車同士の事故

上に記した以外に、『別冊判例タイムズ38号』には、既右折に言及した事故態様がある。それは右折車同士の事故である。ただ、それらについては「早回り右折」「大回り右折」などが適用されるので、それによる修正で事足りるとされている。

右折車同士の「既右折」

 また、一方が既右折状態であるにもかかわらず衝突した場合には、他方に早回り右折、大回り右折等の右折方法違反があると考えられるから、これによる修正を行えば足りる。したがって、既右折についても修正要素とはしない。

『別冊判例タイムズ38号』【130】【131】【132】【133】注④

(2) 修正要素について
……
ケ 早回り右折
 交差点の中心の直近の内側(道路標識等により通行すべき場所が指定されているときは、その指定された部分)を進行しない右折をいう(法34条2項)。
 右折車が交差点の中心の直近の内側に寄らないで早回りに右折する場合には、対向直進車及び右方車に対する関係で事故の危険性が増大するので、修正要素としている。

『別冊判例タイムズ38号』p.205

(2) 修正要素について
……
コ 大回り右折
 あらかじめ道路の中央に寄らない右折をいう(法34条2項)。
 右折車があらかじめ道路の中央に寄らないで右折する場合には、他方の車両から右折車が右折することの予見可能性が低くなり、事故の危険性が増大するので、修正要素としている。

『別冊判例タイムズ38号』p.205

単車と四輪車の事故

事故態様分類③(右左折合流型)に対応する、単車と四輪車の事故を表す事故態様は『別冊判例タイムズ38号』に掲載されていない。そのため、既右折の適用可否どころか、基準となる過失割合すら定まっていないという状況である。

事故態様分類①②④⑤では、既右折の適用可否は四輪車同士の事故の場合とほとんど同じようである。もしかすると細部の条件や修正値に違いがあるかもしれないという程度の違いである。

四輪車同士で既右折適用外の事故態様は、単車と四輪車の事故でも既右折適用外のようである。

まとめ

まとめ1

修正要素「既右折」をまとめてみて、改めて知ることができ、理解を深めることができた点がある。

衝突態様①④(交差型)のうち、④は法25条の2の規制を受けて、右折車に不利となるような基本過失割合となっている。しかし修正要素「既右折」の修正値は①④ともに+10%である。このように、衝突の態様が類似していれば、事故態様が異なる場合でもその差は基本過失割合に吸収され、修正要素「既右折」の修正値は同じ値となっているようである。

例外は、基本過失割合に織り込み済みの場合、他の法規制により「既右折」の相手車両の進行が禁止されている場合、禁止までされずとも速度が通常遅い場合など。これらの条件下では「既右折」の修正値に変動がある、あるいは不適用となることが窺える。

他には、既右折といっても、交差型と合流型では衝突態様に違いがあることも再認識できた。

情報をまとめなおして、自分なりの考察をしてみることは、理解を深める一助になるということだろう。

まとめ2

あとは、ある交通事故解説系Youtubeチャンネルについて。

交通事故が起こる前の法解説についてはおおよそ正しいように見えるので、多くの人がその情報を信じてしまいがちである。そのような中、交通事故が起こった後の法適用にはしばしば間違いが含まれている。そのため、誤った情報であることに見ている人が気づきにくい。今回の既右折の解説も同じである。誤った情報の拡散に寄与してしまっていることはいただけない。

解説するときは、原典たる情報を読み込み、十分な理解のうえで解説してほしいところである。

noteで法を解説する立場として、自戒の念を込めて。


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