過失割合の修正要素「既右折」
ある交通事故解説系Youtubeチャンネルで、過失割合の説明があり、既右折の説明が誤っていることに気づいた。以前も間違えており、つい先日も再度間違えているようであった。誤った情報を拡散する行為はよくないと横目に見つつ、過失割合における既右折とは何かということをまとめることとした。
以下、道路交通法を単に法と略記する。
なお、交通法規や法の専門家ではないので、正確性は紹介書籍、さらに正確性を望むなら弁護士相談や保険会社に勤めるご友人との会話などで補完してほしい。
はじめに
交通事故の過失割合は、大雑把には以下の2つから構成される。
① 事故態様の分類別に決定される標準的な過失割合
→ 基本過失割合
② 基本過失割合が想定する標準的な事故態様から外れる要素
→ 修正要素
この記事では、②修正要素のひとつである「既右折」とはどのようなものかを解説している。
過失割合の総合的な説明は、以下の記事にまとめてある。
なお、この記事は以下のつぶやきの補足でもある。
既右折が絡む事故態様
過失割合の算定に用いられる『別冊判例タイムズ38号』から、既右折が絡む事故態様を抜粋すると、以下に分類される。【】内の番号は事故態様を表す番号であり、四輪車同士の事故のものを抜粋している。
言葉では分かりにくい部分があるので図示すると、以下のとおりである。図で見ると分かりやすいところ、④の衝突態様は①と同じ、⑤の衝突態様は②と同じである。
①④は交差型、②③⑤は合流型といえる。
そして、②⑤は直進右折合流型、③は右左折合流型といえる。
交通事故解説系Youtubeチャンネルでつい先日解説されていた事故態様は、以下⑥のものである。上図に含まれていないことが分かると思う。⑤の事故態様分類と似ているものの、直進車と右折車の関係性が逆である。この事故態様分類⑥には、既右折は適用されない。
以降の説明では、上記①②③④⑤と⑥について、修正要素「既右折」を掘り下げていく。
事故態様分類①④(交差型)
事故態様分類①は交差点における右直事故、事故態様分類④は路外施設への右折車との右直事故を表す。衝突の態様は①と④で同じである。そのため、まとめて記すこととした。事故態様ごとの違いは、本節の後半で説明する。
既右折が設けられている理由と成立条件
この事故態様に既右折が設けられている理由は、以下のように記されている。
書籍に明記はないものの「右折車が右折を完了していること又はそれに近い状態」を図示するなら、右折車が以下の状態になっている必要があると思う。右折車が下図より手前にいる状態を「右折車が右折を完了していること又はそれに近い状態」とはいえないと思う。
この図を見れば「右折車の右折開始の時点が早ければ、直進車……としてもそれだけ事故回避措置を取り得る余地が大きく」といえることも、それによって過失修正が掛かることも、理解できる。
これは、交差道路の直進同士の事故に似た衝突態様だと思う。狭い交差点では、交差点出口付近でないと既右折は成立しないと思う。他方、もっと広い交差点なら、交差点途中で既右折を満たしそうである。
右直事故を紹介した記事を作成したことが過去にある。それは、片側3車線+右折レーン1車線の道路から片側1車線道路に右折する、その右折車と直進車の事故であった。
後の節で説明するところ、その右直事故は直進車赤信号のため、既右折の適用はない。このような交差点で青信号右直事故があれば、直進車の位置が第1通行帯どころか第2通行帯の場合ですら、既右折があり得そうに思う。
以下、もう少し掘り下げて説明する。
既右折が適用されない事故態様
既右折が適用される可能性がある交差点右直事故【107】【109】【110】【114】は、それぞれ以下の態様である。
交差点右直事故には、上記以外の事故態様もある。それらを記すと以下になる。以下には、既右折は適用されない。
【108】【111】【112】はいずれも、右折車の交差点進入と右折開始で信号状況が異なるケースである。とくに青信号で交差点進入している【108】【112】は、交差点内で右折待機している典型的なケースといえるだろう。
これらに既右折が適用されない理由は書籍に明記はないところ、直進車に交差点進入が許されておらず、基本過失割合に織り込み済みということだと思う。これらでは、右折車の既右折の成否に関わらず、直進車は信号を理由に停止しなければならない。そのため既右折の成否は過失程度に影響しないということだと思う。
なお【108】の状況、つまり直進車黄信号でも、青信号→黄信号の変わり目であれば、直進車には交差点進入が許されている。しかし、上に記した図で分かるとおり、既右折が成立するには右折車が右折を開始してから多少の時間を要する。右折車が黄色を確認してから右折を開始し、さらに既右折が成立するほどの時間経過がある状況では、直進車に交差点進入が許されるような信号の変わり目というのは考えにくいだろう。その結果、やはり【108】でも既右折が適用されないということだと思う。
修正要素が適用される場合の修正値
信号規制がある場合+10%に比べて、信号のない交差点【114】では+20%と高くなっている。これは以下のように説明されている。
この理由は路外への右折車には適用されないため、路外への右折車との事故【149】は、信号規制のある交差点と同様、+10%どまりである。
衝突態様分類②⑤(直進右折合流型)
事故態様分類②は交差点における事故、事故態様分類⑤は路外施設からの右折車との事故を表す。衝突の態様は②と⑤で同じである。そのため、まとめて記すこととした。事故態様ごとの違いは、本節の後半で説明する。
既右折が設けられている理由と成立条件
既右折の意味は前節のとおりである。
書籍に明記はないものの「右折車が右折を完了していること又はそれに近い状態」を図示するなら、右折車が以下の状態になっている必要があると思う。右折車が下図より手前にいる状態を「右折車が右折を完了していること又はそれに近い状態」とはいえないと思う。
この図を見れば「右折車の右折開始の時点が早ければ、直進車……としてもそれだけ事故回避措置を取り得る余地が大きく」といえることも、それによって過失修正が掛かることも、理解できる。
右直事故のイメージとはかなり異なる。それは「右折車が右折を完了していること又はそれに近い状態」になる状況での直進車との関係性が、右直事故とは異なるからである。既右折が成立する状況で、右直事故の場合はほぼ直行するように衝突しているのに対し、この図では追突するように衝突している。この点、書籍にも説明がある。この点は本節の後半で触れる。
以下、もう少し掘り下げて説明する。
信号規制
信号がある場合には、信号規制が強く働く。事故態様分類②は交差道路から進入する車両同士の事故であり、両方に交差点進入が許されることはないため、どちらかに信号の違反があることになる。
そのため、事故態様②の態様であっても既右折の適用はない。前節の【108】【111】【112】【113】に既右折が適用されないことに類似する。
ただし、ここでいう信号規制とは「信号機により交通整理の行われている交差点」を意味するため、点滅信号の場合は既右折が適用され得る。
交差点進入の位置関係
この記事の冒頭に事故態様分類⑤と⑥を紹介した。
どちらも直進車と右折車の事故であるところ、⑤は直進車が左方車、⑥は直進車が右方車となっている。このうち、既右折は直進車が左方車の場合にだけ適用される。
書籍では以下のように解説されている。
これは路外出入車の事故だけでなく交差点事故でも同じである。
『別冊判例タイムズ38号』の構成上、既右折が絡む事故態様で、直進車が左方車と右方車で事故態様を分けているものと分けていないものがある。
一例を記すと……
信号のない同幅員の交差点では、直進車が左方車の場合は【116】、直進車が右方車の場合は【115】である。このように分けて分類されている。このうち、直進車が左方車である【116】だけが、既右折が適用され得る事故態様である。
直進車が広路の場合は、直進車が左方車と右方車のどちらも【117】に分類されている。しかしそのうち、直進車が左方車である場合だけが、既右折が適用され得る事故態様である。
上記の点をまとめると以下となる。既右折が適用される可能性があるのは以下のうち太字のものであり、いずれも直進車が左方車の場合に限っている。「直進右方車と直進左方車が併記」と記されている事故態様でも、直進車が左方車の場合だけに適用され得る。
直進車と路外からの右折車との事故は【147】に分類されている。そして下図のように、両方の事故態様が同じ図にまとめて記されている。そのうえで直進車が左方車である場合(図イの場合)に限定されると明記されている。
事故態様【147】のように直進車が左方車の場合と右方車の場合の両方を含んでいるものについて、ネットで過失割合を調べると、上記の限定が記されていないサイトがある。
原典となる書籍を確認せずにそのようなサイトの情報を見ると、直進車が右方車の場合にも既右折が適用されると誤解するかもしれない。
記事作成のきっかけとなった交通事故解説系Youtubeチャンネルでは、『別冊判例タイムズ38号』を出典と記して解説していることがある。そのことから『別冊判例タイムズ38号』に準じて解説しているのだと思う。それにしては、この手の間違った解説をしばしば見る。原典たる書籍の記載内容をしっかり読み込んでほしいものである。
「明らかな先入」「頭を出して待機」との関係
既右折が適用され得るのは、直進車が左方車である場合だけと説明した。では、直進車が右方車の場合にはどのように扱われるのか。
交差点での修正要素のひとつに「明らかな先入」がある。これは、交差点への進入が明らかに早い車両がいれば、その相手となる車両の過失が増えるというものである。より具体的な判断基準は以下となる。
事故態様【117】には「明らかな先入」が記されている。右方直進車が広路、左方右折車が狭路の場合に、この修正要素が設けられている。同じ【117】には「既右折」が並んで注記されている。これらを読み比べると、「明らかな先入」と「既右折」が排他的であることがわかる。
交差点ではなく、路外から右折の場合、「明らかな先入」は設けられていない。代わりに「頭を出して待機」が設けられている。
修正要素の方向性としては「明らかな先入」と同方向だろうと思う。相手から見えやすい態様であれば、その分過失は減じられるということであろう。前記同様、「頭を出して待機」と「既右折」もまた、排他的といえる。
追突との関係
少し上でこの既右折は追突のようだと記した。実際、右折完了後の時間的距離的間隔によっては追突と扱われる。
この説明を見ても、既右折が追突に類似する事故態様を扱うものであることがわかると思う。
【147】の基本過失割合は、直進車20:右折車80。「既右折」+10%を考慮して、直進車30:右折車70。典型的に適用されるものには「頭を出して待機」「幹線道路」「徐行なし」「合図なし」「速度超過」あたりがあり得る。「既右折」に加えて「頭を出して待機」「15km/h以上の速度超過」でやっと直進車50:右折車50というものであり、およそ直進車有利といえる。
対して完全な追突は直進車10割過失であるため、【147】+既右折とは有利不利が逆転する程度に変化する状況にある。直進車の立場にとって注意しておきたい態様のひとつである。
修正要素が適用される場合の修正値
信号なし交差点の修正値は、事故態様に関わらず+15%とやや多くなっている。信号規制がある場合は、前記態様での直進車と右折車が双方青信号ということは考えられず、信号規制に応じた事故態様が優先する。また、丁字路の場合には、既右折の適用はない。
路外からの右折車との事故の修正値は+10%である。
「既左折」との関係
事故態様分類②⑤は、直進車に合流するような右折車との事故だった。この左右逆の事故態様が気になるところである。この点を確認した。
信号なし十字路の場合は【126】【127】【128】【129】に分類、
信号なし丁字路の場合は【139】【140】【141】【142】に分類、
路外からの左折車との事故の場合は【148】に分類される。
信号なし十字路【126】【127】【128】【129】に「既左折」なる修正要素は記されていない。「明らかな先入」への言及はあるものの、修正しないことが明記されているのみである。
信号なし丁字路【139】【140】【141】【142】も「既左折」なる修正要素は記されていない。十字路よりは若干、直進車が基本過失割合で有利となっており、ただし十字路とは異なり、一部の態様には「明らかな先入」の適用があり得る。
路外からの左折車との事故【148】も「既左折」なる修正要素は記されていない。「頭を出して待機」があること、左折完了後の時間的距離的間隔によっては追突と扱われることは、本節の上部に記した路外からの右折車の場合と同様である。
事故態様分類⑤(右左折合流型)
事故態様分類③は、交差点における左折車と対向右折車の事故を表す。交差点における事故態様分類①②は、信号有無や優先関係や幅員広狭などで事故態様が細分化されているところ、事故態様分類③は事故態様【134】のみである。
既右折が設けられている理由と成立条件
既右折の意味は前節のとおりである。
書籍に明記はないものの「右折車が右折を完了していること又はそれに近い状態」を図示するなら、右折車が以下の状態になっている必要があると思う。右折車が下図より手前にいる状態を「右折車が右折を完了していること又はそれに近い状態」とはいえないと思う。
3つの図のうち、中央の図は合流の衝突態様をやや感じるものの、全体的に交差の衝突態様が色濃いと感じる。
事故態様分類②⑤(直進右折合流型)のところで、追突の様相が色濃いことに触れた。しかし、事故態様分類③(右左折合流型)では直進車の代わりに左折車となっている。左折車は対向右折車に比して圧倒的に遅く、右折車への追突とはなりにくい。そのため、既右折が成立する場面では、右折車の左側面に衝突する態様が主であろうと思う。
なお、2車線以上の広い交差点の場合、両車が同じ車線を目指すようなことがない限り、事故とはならないだろう。これには別の修正要素が絡んでくる。その観点は別の記事で過去に解説している。
修正要素が適用される場合の修正値
修正値は+10%となっている。
事故態様分類①④(交差型)のうち、信号のない交差点は+20%だった。それと同様の解説にしては、修正値は抑えめな感がある。以下は、事故態様分類①④(交差型)の信号のない交差点における修正値の解説である。
書籍に記されていない要素でも、納得し、自分なりの結論に達したものもある。たとえば事故態様分類①④(交差型)の【108】【111】【112】【113】に「既右折」が適用されない点など。しかし、この事故態様分類③の「既右折」の修正値が+10%どまりという点には納得できていない。
「明らかな先入」との関係
左折車の「明らかな先入」は適用されない。基本過失割合に織り込み済みとされている。この部分は納得である。
その他の事故態様
右折車同士の事故
上に記した以外に、『別冊判例タイムズ38号』には、既右折に言及した事故態様がある。それは右折車同士の事故である。ただ、それらについては「早回り右折」「大回り右折」などが適用されるので、それによる修正で事足りるとされている。
単車と四輪車の事故
事故態様分類③(右左折合流型)に対応する、単車と四輪車の事故を表す事故態様は『別冊判例タイムズ38号』に掲載されていない。そのため、既右折の適用可否どころか、基準となる過失割合すら定まっていないという状況である。
事故態様分類①②④⑤では、既右折の適用可否は四輪車同士の事故の場合とほとんど同じようである。もしかすると細部の条件や修正値に違いがあるかもしれないという程度の違いである。
四輪車同士で既右折適用外の事故態様は、単車と四輪車の事故でも既右折適用外のようである。
まとめ
まとめ1
修正要素「既右折」をまとめてみて、改めて知ることができ、理解を深めることができた点がある。
衝突態様①④(交差型)のうち、④は法25条の2の規制を受けて、右折車に不利となるような基本過失割合となっている。しかし修正要素「既右折」の修正値は①④ともに+10%である。このように、衝突の態様が類似していれば、事故態様が異なる場合でもその差は基本過失割合に吸収され、修正要素「既右折」の修正値は同じ値となっているようである。
例外は、基本過失割合に織り込み済みの場合、他の法規制により「既右折」の相手車両の進行が禁止されている場合、禁止までされずとも速度が通常遅い場合など。これらの条件下では「既右折」の修正値に変動がある、あるいは不適用となることが窺える。
他には、既右折といっても、交差型と合流型では衝突態様に違いがあることも再認識できた。
情報をまとめなおして、自分なりの考察をしてみることは、理解を深める一助になるということだろう。
まとめ2
あとは、ある交通事故解説系Youtubeチャンネルについて。
交通事故が起こる前の法解説についてはおおよそ正しいように見えるので、多くの人がその情報を信じてしまいがちである。そのような中、交通事故が起こった後の法適用にはしばしば間違いが含まれている。そのため、誤った情報であることに見ている人が気づきにくい。今回の既右折の解説も同じである。誤った情報の拡散に寄与してしまっていることはいただけない。
解説するときは、原典たる情報を読み込み、十分な理解のうえで解説してほしいところである。
noteで法を解説する立場として、自戒の念を込めて。